「わたくしと姉様の安住の地に這入ろうとは。いかな妖異といえど斬りますよ」
「わーっ! 紅緒様違いますっ! 猫です! 虎ちゃんとこたちゃんのお母さんが霊になって帰って来たんですっ」
「あの三毛猫だと言うのですか? ……その桜城黎、耳が生えていますね」
紅緒様はため息とともに刀を退いた。腰に佩いていたような動作で戻すと、見えない鞘にでも吸い込まれるようにすっと消えた。
「神獣ではなくなり、霊獣となったというわけですか」
「霊獣? でも紅緒、わたしにも見えてるわよ?」
ママが不思議そうな顔で、私の腕の中の小さな黎――紅姫を見ている。
ママは見鬼(けんき)ではないから、妖異怪異の類を見る力はない。
「紅ちゃんは見鬼じゃない人にも見えるように出来るんだって!」
「べに? そういう名前なのですか?」
そう紅緒様に問われて、はっとした。
「それが……さっきまで夢、見てまして、その中で私、『紅姫』って呼んだんです。起きたら枕元にいて、自分から『紅』って名乗って……」
私が『紅姫』と呼んだのは夢の中だ。でも、目覚めたときにいた三毛猫は、自分のことを『紅』と呼んだ。
「……夢の中、ですか……」
紅緒様が意味深な音で呟いた。
「紅、猫の姿に戻れる?」
《あいわかりました》
また、ポンッと紅姫の姿が煙に包まれ、私の腕の中にいるのは重さを感じさせない三毛猫だった。
「ママ、見える?」
「……真紅ちゃんの腕が何かを抱っこしてるようには見えるんだけど……何もいないわ」
ふるりと首を横に振るママ。紅姫の言った通り、変化した姿だけは見鬼ではない人にも見えるようだ。
「紅、ママになれる?」
《影小路紅亜様ですね》
今度私の腕に現れたのは、小さなマ――
「真紅‼ 紅姫‼ そのままでおいでなさいっ! カメラ持ってきますっ!」
……小さなママを見た瞬間、紅緒様がすっ飛んで行った。相変わらずのシスコン……。