「紅緒……」

咎(とが)めるような響きの姉の声に、紅緒は首を一度だけ横に振った。

「わたくし達の系統には、妖異ではない、動植物と会話する力を持つ者もあります。真紅は会話まではいってないようですが、まことあの三毛猫の声が聞こえているのかもしれません。『傍にいてほしい』は、簡単な言葉ですが、この上ない望みの言葉でもあります。本当に叶えてくれる人にしか、叶えてほしいと願う人にしか、言えない言葉だからです」

「……真紅ちゃんが、そう望まれてるの?」

「わたくしには聞こえていません。真紅にしか願われなかった言葉なのでしょう。……今、わたくしたちに出来ることは、ただ待つことだけです」

「……大丈夫かしら」

「生死に触れなければ、人は生きていけません。生死に関わることを回避することは不可能です」

紅緒は陰陽師として、体術(たいじゅつ)やメンタルコントロールも得ている。だが、姉はそういうのとは無縁に育った。

今は、紅緒がしっかりとしていなければ。

「黒藤でも呼びましょうか。真紅も、年が近い者がいた方がいいかもしれません」

紅緒の提案に、姉は「そうね」と答えた。





茶道具を仕舞うための、心ばかりの戸棚の下の段に段ボールで即席の小屋を作って、タオルを何枚も重ねた上で三毛猫が喘鳴している。

「………」

私はその前に膝をついて、じっと三毛猫を見つめていた。

黙って、ただ見守っていた。

いつの間にか、涙が頬を伝っていた。

大変だよね。苦しいよね。辛いよね。……生命(いのち)が生まれるって、こんなに命がけなんだ。

「……大丈夫だよ。ひとりにしないから」

小さくささやいてそっと手を伸ばすと、三毛猫は重たそうな動作で頭をもたげて、私の指先に鼻で触れた。

「………?」

どうしてか、三毛猫が微笑(わら)ったように見えた。