激昂する紅緒様を、ママはなんでもない風に抑え込む。

……紅緒様が眠る前の二人は、これが日常だったのかな。ママ、大変だな……。

一瞬郷愁(きょうしゅう)に囚われたけど、すぐに自分へ向く眼差しに気づいた。

「あの、……ほ、ほとんどママに……って言うか私がママのお手伝いをしたくらいでしかないんだけど、……よかったら、どうぞ」

「? もらっていいのか?」

私が持って来た小さ目の紙袋を、黎は素直に受け取った。

「あ、味見はしてあるの。でも……口に合わなかったら、ごめん」

「………」

その言い方で、中身が何か気づいたようだ。

……しかし、反応がない。

「あ……お昼はいつも食べるところ決まってたりした?」

「あ、……いや、そんなことは……」

要領を得ない返事に、迷惑だったかな……と少し不安に思ってしまう。何かを言われる前にと、その背を押した。

「あ、ほら。もう行かなきゃでしょ? 私も学校行くから」

「あ、ああ……。気をつけてな」

黎は曖昧に肯いて、でも最後には微笑を見せて影小路の家を出た。

「塩を持ってきます!」

と、紅緒様は台所へすっ飛んで行った。この叔母は……。私とママのため息が重なった。

――私は、影小路の家に移ると同時に、私立の斎陵(せいりょう)学園へ転校した。

従兄である影小路黒藤さんや、その幼馴染で御門流当主の月御門白桜さんが在籍する学校だ。

私は小路流の宗家(そうけ)である影小路本家の、実のところは直系の娘であり、小路流を作った小路十二家の始祖の転生の一人だ。

その特殊な生まれから、影小路のことは隠されて、更に力も封じられて、普通の人間として育てられた。

しかし、十六歳になって力は覚醒し、親友を助けるために陰陽師となる道を選んだ。

生半可なものではない。この前は叔母であり師でもある紅緒様に、滝行(たきぎょう・滝に打たれながら真言を唱える)に連れて行かれた。一瞬、あれ? 私何やってるんだっけ? と思ってしまったことは内緒だ。それほど無心になっていたのだろうか。