「真紅ちゃん、よくこんなとこ気づいたね。なんかちょっと暗いし、私近づいたこともなかったよ」
校庭の隅の小さな木立(こだち)。樹の色がそのままの百葉箱の社。それを前にして、百合緋ちゃんは物珍し気に眺めている。
「色んな香りが、ここから漂ってくるんだ。最初は優しい感じだったんだけど……」
そっと、社に手をかざす。
白ちゃんが言うに、地神が祀られている社でありながら、その外観は学校によくある気温観測用の百葉箱と変わらない。それにも意味があるのだろうか。
「……ねえ真紅ちゃん、ちょっと訊いてもいいかな?」
ふと百合緋ちゃんが、じっと社を見つめる私に言って来た。
「うん?」
手を下ろして応じると、百合緋ちゃんは何度も視線を彷徨(さまよ)わせてから口を開いた。
「真紅ちゃんは……この前まで、普通の女の子だったでしょ? 家のこととか知らなかったって聞いた。それが急にこんな――陰陽師とか、いわゆる非日常みたいな世界に入ることになって、戸惑いとか、ないの?」
戸惑い。
即答する。
「ないかな。むしろ、だんだん自分になっていく感じがしてる」
「……自分になる?」
「うん。過去の転生とかは関係なしに、私が生まれてくるはずだった形になっていく。戻って行くって言ってもいいかな。違和感とかは、特になかった。視え始めても、それが当たり前だったんだ、って感覚だった」
私は、急に妖異の姿が視えるようになっても、恐怖心や違和感は持つことはなかった。
「だってそれが、私の『当たり前』だから」
私の返事を聞いて、百合緋ちゃんは唇を噛んだ。
「わたしは……怖い、んだ……」