「おはようございます、紅緒様。すみません。どうしても真紅に逢わないと落ち着かないもので」
「おはようございます! それはとってもわかります! でもさりげなく真紅の手を握っているんじゃない!」
礼儀には礼儀をもって返す主義の紅緒様らしい挨拶だけど、握った手は隠していても見つかった。私と黎の後ろに隠れた、繋がれた手。
「紅緒、朝から叫ばないの。真紅ちゃん、お台所に置いたままだったわよ?」
「あっ、そうだった。黎……ちょっと、待っててもらえる?」
黎に牙を剥く妹を押さえて、ママが言った。弾かれたように肯いて、小走りで家の中に戻る。でも小さな造りだから、玄関先の声も聞こえて来た。
「桜城黎」
紅緒様が冷えた声が聞こえた。
「差し出口を申し上げますが、俺は桜城とは縁を切った身です。今は、ただの小埜黎です」
続いて黎の声。
「さようでしょうが、お前の出自が桜城にあることに変わりはありません」
「………」
「………」
緊張した空気の中へ、私は駆け足で戻った。
「れ、黎~」
「真紅? どうした」
黎の視線がこちらに向かって来て、内心うめいた。
料理上手のママの手を借りたとはいえ、自分のスキルのなさには、自分で呆れるくらいだというのに……。
「あの、ね?」
「うん?」
黎は穏やかな眼差しで私を見る。今は隠された、黒い瞳(め)。
黎の血から、鬼人として、吸血鬼としての鬼性(きしょう)がなくなっても、吸血鬼のお母さんから継いだという銀色の瞳の色は変わっていない。
「よ、よかったら、持って行ってほしいものがあるんだけど……」
「真紅をか?」
「! な、なななんて不埒なことを言いますか! 姉様! やはりこやつは真紅に近づけてはなりません!」
「はいはい。落ち着きなさい、紅緒」