「え? いえ、あのですからわたしは――

俺の返しに、海雨ちゃんは焦っている。こんな風な返事は考えていなかったのだろう。

「海雨ちゃんでもあるし、始祖当主でもあるんでしょ? 俺が知ってるのは海雨ちゃんだけだけど、それは始祖当主も含めた存在である『梨実海雨』ちゃんってことだ。お嬢さんみたいに、過去世の自分と全くの別人ではない。フッてもらってもいいよ。ただ、俺はすきでいる」

「で、でも澪さんは小埜家の一人息子だし、病院の跡取りって位置じゃないですかっ。奥さんとお子さんは絶対望まれますよっ」

「じゃあ海雨ちゃんが奥さんになって?」

「だ、だからわたしはもう誰も好きになることはないですってっ」

「それは暮無当主の操立(みさおだ)てでしょ? そもそも、一生の中でだって何人も好きになる人がいる方が多くない? 泰山府君祭を行うほど好きな人がいたってのがすごいと思うよ。始祖たちを転生に閉じ込めたことを悔やんでるみたいだけど、真紅ちゃん、そのことを一言でも責めた? 暮無当主の旦那さんは、泰山府君祭を行ったことを責めた?」

「そ、それはそうかもしれませんけど~」

「始祖当主は、もうとっくに赦(ゆる)されてるんじゃない? 影小路の始祖たちにも、暮無当主の旦那さんにも」

「―――、~~~」

反論のない海雨ちゃんの瞳が、急に潤んだ。

「なんで……そんなこと言うんですかぁ~」

「なんでかな。俺にもよくわからない」

目元を拭う海雨ちゃんを、穏やかな気持ちで見つめる。

「……今すぐ返事が出せなかったら、それでもいいんだ」

「で、ですが、澪さんは、その……」

「うん。海雨ちゃんの恋愛対象になりたいって思ってる。海雨ちゃんが自分に決めた『暮無当主の位置』から動く気になったら、いつかそういう風に見てもらえたら、って」

海雨ちゃんが自分に定めた、『影小路暮無』の在り方。

誰も愛さない。誰も好きにならない。結婚なんてもってのほか。

最初に愛した、夫以外は。

……その場所を、少しでも揺るがす気になるときが来るのだろうか。

海雨ちゃんは、涙の残る目元を隠すように、まだ少し俯き気味に答えた。

「……はい」