「……ばれてた?」
ちょっとバツが悪そうな顔をする海雨。私はくすりと笑った。
「暮無(くれない)様の姿で私の夢に出て来たでしょ。だから名前、『紅姫』なんだよ」
始祖当主は、名を暮無という。
それが由来で、影小路一族では、本家の女子は『紅』の字を名付けられるようになったらしい。
「……徒人のわたしだけどさ、この身体にも始祖当主の影響力は、少しだけ残ってるから。お礼って言ったら変だけど、真紅に何かしたかったんだ」
「おかげで仕事も楽させてもらってるよ。ね、紅」
私の膝の上に、小さな女の子が姿を現した。
妖異――猫の姿――の紅は徒人には見えないけれど、変化の妖異である紅は、変化した姿は見鬼でなくても見ることが出来る。
『海雨様。紅(べに)を遣いに出していただき、ありがとうございます』
「……いい子だね、紅姫は」
海雨が人型の紅の頭を撫でると、やはり本性が猫だからか、喉をのばして海雨の手に自分から頭をこすりつけた。
「真紅、澪連れて来たぞ」
「あ、ありがとー」
姿を見せた黎に私がお礼を言うと、海雨ががしっと腕を摑んで来た。口をあわあわさせている。
にっこり笑ってみせる。
「澪さんから逃げたら怒るって言ったよね?」
「~~~~」
海雨が泣きそうな顔をし出した。
海雨の手術の日から、海雨は澪さんとは逢っていない。
私は、澪さんのところへ乗り込んだ。
海雨の正体を知って、気持ちが覚めたり気が変わったりしていないか。そう、問いかけた。答えはあった。
そして今、澪さんが、少し躊躇う様な間があってから口を開いた。
「黎、お嬢さん、海雨ちゃんと二人で話させてもらっていい?」
「はい。廊下で待ってますね」
黎と二人、病室を出た。
「――で? 真紅はまだ反対してるのか?」
腕を組んだ黎に訊かれて、首を横に振った。
「澪さんを拒絶したのは、単に澪さんが影小路の縁者(えんじゃ)だから。海雨を影小路の色々に巻き込むのがいやだったけど、海雨の方が自覚していて、しかも覚悟してるなら私が邪魔する理由はないよ」
海雨は、影小路の転生の檻(おり)にいることを認めている。
海雨は、それを知った上で選ぶ。海雨が選ぶのは、『海雨の生き方』だ。
「『暮無』様をどうするかは、海雨次第」
私の答えを聞いた黎は、黙って壁にもたれた。