私の要請に、黒ちゃんは細く息を吐いた。

「……わかった。澪、どこか人の入らない部屋を空けてもらえるか? 出来るだけオペ室に近い方がいい。澪はそのまま海雨の家族と待っていろ。真紅は黎が落ち着かせてるとでも言い訳しておけ。黎は俺たちと一緒に来い」

黒ちゃんの手早い指示に、澪さんが肯く。

「施錠出来る部屋が近くにあります。そこへ」

促されて、澪さんに続く。

黎が、黙って私の方を見ないまま、手を握って来た。

それだけで、すとんと気持ちが落ち着いた。

今まで荒れまくっていた感情が、少しずつ普段の呼吸を取り戻していくようだ。

昨日、黎と言い合いになってから気分は落ち込んでいた。

海雨の連絡を受けて更に沈んでいた。

けれど、少し元気を取り戻した気がする。


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『真紅』

私は自分を呼んだ声が、一瞬誰のものかわからなかった。

辺りを見回すと、真っ暗な中に光を纏ったように浮かんだ姿があった。

『ご当主様っ!』

纏った衣が、遙か以前のもの。

私の知る、最初の主。

駆け寄ると、彼女はすっと右手を前に出して、近づくなというような動作をした。

その行動に、私は足を停めた。

『真紅、ごめんね』

始祖当主の姿で、その声は、言葉は海雨のものだった。

戦慄が走る。まさか――二人が同化してしまったのか?

今、私は術式をもって海雨の内部に這入りこんでいる。

海雨にはりついている妖異の残滓を消し去るために。

いわば、今、私は海雨の精神体内に居ることになる。

『海雨? ……ご当主、さま?』