私の要請に、黒ちゃんは細く息を吐いた。
「……わかった。澪、どこか人の入らない部屋を空けてもらえるか? 出来るだけオペ室に近い方がいい。澪はそのまま海雨の家族と待っていろ。真紅は黎が落ち着かせてるとでも言い訳しておけ。黎は俺たちと一緒に来い」
黒ちゃんの手早い指示に、澪さんが肯く。
「施錠出来る部屋が近くにあります。そこへ」
促されて、澪さんに続く。
黎が、黙って私の方を見ないまま、手を握って来た。
それだけで、すとんと気持ちが落ち着いた。
今まで荒れまくっていた感情が、少しずつ普段の呼吸を取り戻していくようだ。
昨日、黎と言い合いになってから気分は落ち込んでいた。
海雨の連絡を受けて更に沈んでいた。
けれど、少し元気を取り戻した気がする。
+++
『真紅』
私は自分を呼んだ声が、一瞬誰のものかわからなかった。
辺りを見回すと、真っ暗な中に光を纏ったように浮かんだ姿があった。
『ご当主様っ!』
纏った衣が、遙か以前のもの。
私の知る、最初の主。
駆け寄ると、彼女はすっと右手を前に出して、近づくなというような動作をした。
その行動に、私は足を停めた。
『真紅、ごめんね』
始祖当主の姿で、その声は、言葉は海雨のものだった。
戦慄が走る。まさか――二人が同化してしまったのか?
今、私は術式をもって海雨の内部に這入りこんでいる。
海雨にはりついている妖異の残滓を消し去るために。
いわば、今、私は海雨の精神体内に居ることになる。
『海雨? ……ご当主、さま?』