泰山府君祭――陰陽師・安倍晴明が得意とした技と伝えられている、死者の魂を呼び戻す秘術だ。
「影小路の始祖たちが? でもお嬢さん、それは禁術とかではないですよね?」
澪さんの言葉に肯く。
「ご当主様は女性でした。不慮の事故により伴侶を亡くされたんです。そのときのご当主様の落ち込みようと言ったら言葉もないくらいで……生き返らせるために、泰山府君祭を執り行いました。成功、しました。……そして、甦らせた旦那様と、ご当主様の間に男の子が生まれたんです。その方から、今の影小路まで、一度は直系を絶たれながらも、間違いなくその血が継がれています」
私はそこで言葉を区切った。一つ、息を吐く。
「それは、隠さなくちゃならないことなんですか? 秘術が成功して影小路も繋がっているのなら問題ないじゃないですか」
「問題、大ありだ」
澪さんの言葉を、黒ちゃんが否定した。
え? と、澪さんは黒ちゃんを振り返る。黒ちゃんは冷えた声音で続ける。
「つまり、影小路に流れる血の半分は死者のもの、ということか」
私は、少しだけ黙(もく)してから、肯いた。
それこそが、始祖の転生たちが護って来た秘密。始祖の転生がいる理由。
「死者の血を継いだことで――黄泉(よみ)の息の入った血を持った、人外の力も得た影小路は、二大大家と呼ばれるほどの勢力を持ちました。ですが、そのために影小路の人間はいつ『黄泉の側』に喰われてもおかしくない状況でした。私たち転生は、影小路の人間が黄泉の側に落ちないよう、そして二度と禁忌を犯さないよう、小路流を監視するために転生を繰り返しているんです」
影小路の秘密。
始祖の転生だけの秘密。
「ご当主様は、泰山府君祭の成功と引き換えに陰陽師としての力を失い、普通の人間になりました。ですから、ご当主様を始祖当主とするか、生まれたご子息を始祖当主と呼ぶかは、小路内でも意見の割れて来たことでもあります」
私にとっては『ご当主様』こそが始祖当主だけど、転生を繰り返す中で見て来た。意見はときどきによって違っていた。
「そういう風に大事な人だから、お嬢さんは俺が海雨ちゃんに告白したことを怒ったの?」