「簡単に言うなら、俺は鬼だ。名前は櫻。貝を二つ並べる方だ」
「え? 何か言いました?」
「お前聞こえただろ」
氷室の態度が対不審者モードだった。櫻は脳内でうーんとうなる。李に頼まれていたから連れてきてしまったが、これ後であいつらにマジ怒りされるよなあ。しばらく顕現禁止とかされそう。
ま、いっか。
「氷室、ちょっと手を出してみろ」
「………」
怪しい人を見る目の氷室は、安易には応じなかった、
「……まあ、お前の反応も当然か。氷室、ちょっとこれ見てみろ」
と、櫻は教会の壁に手をついた――ように見えたが、手が埋まった。
「……え」
「さっきも言った通り、俺は鬼で、しかも櫻という鬼の一部に過ぎない残留思念体なんだ。実体がない。お前もちょっと壁触ってみろ」
「え……うん」
現実ではありえない光景に心が動いたのか、氷室は櫻からは距離をとりつつ、教会の壁を触ろうとした――できなかった。腕がするりと通過してしまった。吞み込まれたように、埋まったように、手のひらが壁に触れることはなかった。
「え……何、これ……」
ついさっき櫻が壁に手を当てたときと同じ状態だ。氷室の背筋が冷えた。こんなのあり得ない。普通じゃない。鬼とか名乗る奴と同じくらい普通じゃない。
壁から手を引っこ抜いて――感覚が何もないから、何もない場所に手を伸ばしていた感覚だが――、自分の両手を見つめた。俺……どうしちゃったんだ……。
「俺……」