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「桜葉ちゃん、ちょっとは家に帰っても大丈夫よ?」

「……いえ、氷室くんの傍にいたいです」

顔を蒼白くさせた桜葉は、氷室の母にそう答えていた。見る先には紅く光る「手術中」の文字。その部屋の中に今……氷室がいる。

「桜葉ちゃん……」

氷室の祖母が皺の深く刻まれた手で、桜葉の手をそっと握る。……桜葉の手は、驚くほど冷えていた。

「桜葉ちゃんや、桜葉ちゃんまで身体を壊したら、わしらが氷室に怒られる。……ちょっとは休んできな?」

氷室の祖父まで桜葉を案ずる。桜葉は一晩寝ずに氷室の帰りを待っていた。

……氷室が、事故に遭った。

判然としない意識で警察に聞いた経緯によると、信号無視で交差点に入って来たトラックに轢かれたらしい。子供を助けて……とか言っていたが、そのあたりはよくわからなかった。

氷室が今、死にかけている―――……。

その事実しか、桜葉の頭にはない。

氷室くん……嘘だよね? 私を置いていかないよね? だって、すきって伝えてないんだよ? 私……氷室くんに、一度もすきって言ってないの。何で言わなかったんだろう。いやいや、何を考えているんだ自分。これじゃあ、まるで、氷室が―――

ふっと、紅いランプが消えた。

自動ドアが開いて、医師が姿を見せる。椅子から立ちあがった氷室の母が駆け寄り、桜葉は腰をあげその奥に氷室の姿を探した。

「手術は終わりました。ですが……」

医師は言葉を濁す。ふっと、桜葉の意識が途切れた。

氷室の姿を、見ないまま……。