『――……? 今代の、いのち?』
『前にもやったことがあるんだ。呪いをかけられた娘の婚約者を救うために、俺の命をやった。そいつは天寿をまっとうするまで生きられた。まあ、そいつが鬼の血を継いだ半鬼だったから出来たことかもしれないが――今のお前は俺の眷属、やってみる価値はあるだろう』
『……櫻を殺して、俺が助かるということか? そんなこと――』
『違う違う。お前は思い込みで先走るときもあるな。俺の命つっても、俺は櫻という大本になる鬼の一部だから、今の俺の命をやっても、俺が死ぬわけでも消えるわけでもないんだ。この桜の樹に戻って、また自分の娘を見守るために新しい俺が生まれ出るんだろう。李には、お前のこと頼まれてるから問題ない。むしろ、お前を見捨てたら怒られるだろう。だから――』
『まどろっこしいのよ櫻!』
『うわっ!?』
櫻が背後にする桜の古木から、二人の人影が飛び出してきた。氷室はびっくりして大声をあげてしまう。
二人とも女性で、一人は長い黒髪を綺麗結った和服の女性、もう一人はまだ少女という年頃の、鳶色の髪を頂点で一つ結びにして背中に流している、巫女服のようないでたちだった。
桜の樹から出てきた……?
『桃花(とうか)! 落ち着きなさいって!』
『櫻が面倒くさいやり方してるからだよ、ゆき! あのね少年。この櫻は嫁と娘のためなら何度でもこの世に出てくるの。そのうちの一回に少年がたまたま出逢った。もらえるもんはもらっておきな!』
と、鳶色の少女に怒られた氷室だった。だって……え?
『はあ……こいつらの説明とかまでは俺も面倒でする気ねえから、氷室、勝手に俺が助けることにするわ。お前の意見はいらね』
『勝手って……岬先生はどうする――』
『大丈夫だって。あいつは今までの俺の娘ん中で一番強ぇぞ? 俺が見えなくなったくらいじゃ、いなくなったなんて思わねえよ。じゃあな、氷室。お前は人として生き、人として死ね』
――桜吹雪に包まれた。その中で、氷室の意識は遠く失われた。