「氷室くん。じゃん!」

桜葉は桃色にたくさんの名前が書かれたTシャツを広げた。

「五月には体育祭だからね。クラスで作ったんだ。氷室くんのクラスTシャツも、出来たら戒先輩が持ってきてくれるんだって」

笑顔の桜葉。しかし返る声はない。こんなことを話したら、氷室くんだったら瞳を細めて頭を撫でてくれたのに―――……。

氷室は今、意識が戻らないまま二日が過ぎようとしていた。

氷室は……応えてくれる腕も、微笑んでくれる瞳も――ない。

「……氷室くんのばあか……」

桜葉は氷室の額をこつんと叩き、呟く。ここでは笑顔でいようと決めたのだ。氷室が目覚めた瞬間に見せるのが泣き顔だったら、氷室は自分を責めるだろう。もしかしたら、子供を助けたことまで責めてしまうかもしれない。

……氷室が助けた子供は、無事だった。擦傷などはあったものの、骨折などの重傷に陥ることもなく、元気に過ごしている。―――……いや、この場合、彼は元気ではなかった。

事故の原因は信号無視で突っ込んできたトラックにあったが、助けてくれた氷室が昏睡状態なのを知った少年は心を閉ざしてしまっているらしい。

さすがにこの病室に招き入れるわけにもいかないから桜葉が少年とあったことはないが、同じ病院に運ばれたので、両親たちが少年の耳を塞いでも情報は入ってしまったらしい。

桜葉も出来ることなら、少年には氷室は無事だったと思って過ごしていってもらいたかったと思ってしまった。

どちらが幸せなのかなんて、わからないから……。

「……起きてよ、氷室くん」