今思えば、共働きの両親に代わって、ばあちゃんは、ユーモアを交えながら、いつか大人になる私達に、色々な事を教えてくれていたように思う。

私達姉妹は、ばあちゃんのおかげで、両親が共働きでも、ちっとも寂しくなかったし、ばあちゃんの愛情を、たっぷり受けて大人になった。

そんな元気一杯だった、ばあちゃんは、ある日、病気になった。

既に、社会人になっていた私と美雪は、父や母と交代で、入院先の病院にお見舞いに、通っていた。

初めは、検査入院ですぐに退院できたけど、検査結果が出るたびに、ばあちゃんの入院から退院までの期間は、伸びていった。

ばあちゃんの生きがいだったミシンは、カバーが掛けられていて、浴衣を作る仕事も辞めざるを得なかった。

「ばぁちゃん、きたよ」
「体調どう?」

「咲ちゃんもみゆちゃんも来てくれたん。ありがとう」

ばあちゃんは、入院着をきて、点滴をした片手をひょいと挙げた。見ればテーブルに折り鶴が、沢山置いてある。

「手先の運動してんねん、またミシンできたらええなと思って」

「またできるよ、あとで、私も折るよ、どうせなら千羽鶴にしようや」

「咲ちゃん、それいいね」

と美雪も賛同した。


「ばあちゃん、リンゴ()こか?」 

美雪は、病院に来る途中、知り合いのリンゴ農家の人から貰った、新鮮なリンゴを、ばあちゃんに見せた。

「ちょっとだけ食べよかな」

ばあちゃんが、ふわりと笑った。

料理が得意な美雪は、器用にリンゴの皮を剥いていく。

「咲ちゃんも、みゆちゃんも立派になったなぁ」

「そんなことないよ、私なんて銀行の事務員だし」

「咲ちゃんはしっかりしてるし、責任感が強いから銀行が、ピッタリや」

ばあちゃんは、以前より痩せた掌で、私の手をそっと握った。

「ばぁちゃん、()けたよ」

美雪が、ばあちゃんに綺麗に切り分けられた、リンゴを差し出すと、シャリっとばあちゃんが一口(かじ)った。

「甘いわ。……そうや、みゆちゃんは、デザインやってんのやろ?」

美雪は、今年から社会人となり、WEBデザイナーとして働いている。

「うん、まだまだ新米だけど、広告とか、企業Tシャツとかかな。怒られてばっかりだよ」

美雪が肩をすくめた。

ばあちゃんは、リンゴを一欠片食べ終わると私と美雪の頭をくしゃっと撫でた。

「咲ちゃんとみゆちゃんの花嫁姿見るまで、ばあちゃん、死なれへんからな」

少しだけ痩せたばあちゃんは、いつものように力瘤(ちからこぶ)を作ってみせた。

窓の外から差し込んでいた、夕焼けは、あっという間に、月の光と交代していく。
ばあちゃんとの面会時間はいつもあっという間だ。

「今年は、夏祭りいくん?」

ばあちゃんが、月明かりを眺めながら、ぼそりと呟いた。

「今年は、わからへん、でも行こうと思えば、ばあちゃんが作ってくれた浴衣があるから、いつでも行けるねんけどな」

ばあちゃんの具合が、あまり良くないから、今年の夏祭りは、行かずに、ばあちゃんのお見舞いに来ようと、美雪と話したばかりだった。

()たいなぁ」
「ん?()きたいなぁ?」

ばあちゃんが、お祭りに行きたいのかと聞き違えた、私は聞き返した。

「絞りの浴衣着たいなぁ、(おも)て。ばあちゃんの一張羅」

確かに、ばあちゃんは、もうこの一年、浴衣どころか、洋服を着ているよりも、病院着を着ていることの方が長くなっていた。

「でも、もう、着られへんわ。浴衣やと、脱ぎ着できへんしな、そもそも、ズボンが、楽ちんや」

眉を下げると、ばあちゃんは、布団を捲り上げて薄いブルーの無機質な病院着のズボンを指差した。

ばあちゃんに、絞りの浴衣を着せてあげたいけど、何て言えばいいか分からなかった私は、美雪をちらりと見た。

余ったリンゴを食べ終わった、美雪がふと、(そら)を見ている。

「美雪?どうしたん?」

「ばあちゃんの話聞いててな、着せてあげれるかもしれんと思ってん」

「え?」

不思議そうにする、私を見ながら美雪が、にんまり笑った。

「ばあちゃん、びっくりすんで、楽しみにしとってな」

「ようわからんけど、楽しみにしとくわ」

ばあちゃんが、驚きながらも嬉しそうに笑った。