前回のあらすじ
つくづく出鱈目なリリオ母ことマテンステロ。
その出鱈目さを実感する羽目に。
あたしが復活するまでの間に、どういうふうに話がまとまったのか、気づけばあたしたちはみんな庭先に出て、新しく入れた豆茶を頂いているところだった。
「怪我しない程度に頑張るんだよー」
気の抜けたウルウの声援が、間延びしたように庭に響くのを、あたしはどこか遠い世界のように聞いていた。
「ほらトルンペート。いい加減しゃんとしなよ」
「そう言っても……」
「君って案外頭でっかちだね」
「荒唐無稽ってこういう話なんだなってのは感じてるけどね」
まあ、でも、確かにいい加減立ち直るべきだ。
奥様が生きていて、それも飛竜に飛び乗って辺境から逃げてきたとかで、しかも逃げ出した理由が御屋形様の愛情が重すぎたのが理由だとか、まあ、なんだか、一度にいろんな情報が襲ってきたせいですっかり面食らっていたけど、でもまあ、事実は単純なのだ。
奥様は生きていた。それでリリオも喜んでいる。
それだけだ。それだけでいい。
「リリオのお父さんのことは」
「考えない。意地でも考えないわよあたしは」
散々お世話になった御屋形様が、まさかそんな人物だったとは全く思いもよらなかった。つまり、別に知らないでも生きてこれた情報なのだ、それは。知らなくてもいいことは知らなくてもいい。そのままのことだけれど、しかし大事なことだ。
いま大事なのは、目の前にあることだ
「リリオー、頑張りなさいよー!」
そう、目の前のこと。
庭先で剣を構えたリリオと、奥様が、向かい合っているというこの状況。
「なんか頭痛がしてきた」
「ブランクハーラも辺境人も戦闘民族なんだし、久しぶりに会ったらこういうもんじゃないの?」
「言い返せないのが悔しい」
生まれは違うあたしだって、多分、辺境に帰ったら、どれくらい強くなったのか確かめられるだろうし、あたし自身確かめたくてうずうずするだろう。結局のところ、そう言う生き物なのだ。
「ねえリリオ。さっき言ってた『雷鳴一閃』って、あれかしら。いわゆる必殺技っていうやつかしら」
「そうです! ウルウに教えてもらった物凄い技です!」
まあその物凄い技、二回使って二回とも防がれてるんだけどね。
「私、そう言うのってすごくワクワクするの。試しに使ってもらっても構わないかしら」
「え、でも……」
「大丈夫よ。けがはさせないから」
「……………」
成程辺境人と結婚しただけあって、辺境人の扱い方をよく知っているというか、うまく煽る。
「おう、えいぞー、やっちゃれリリオー! そいつん鼻っ柱叩き折っちゃれー!」
そして外野、というかおじいちゃんもまた煽る煽る。
というかこの人もう豆茶じゃなくて酒が入ってる。
麦酒とか葡萄酒じゃなくて、酒精の強い蒸留酒を呷ってる。
あれって火酒、つまり火が付くほど酒精が強いって言われてるのに、よくまあ水でも飲むようにかっぱかっぱ飲めるものだ。酒に強い土蜘蛛たちの血でも引いてるんだろうか。
私も以前飲んだことがあるけれど、あれは、飲むというより舐めるように味わうくらいでちょうどいい。あるいは水で薄めてようやく飲めるくらいだ。
「火傷しても……知りませんからね!」
「いいじゃない。火遊び好きなのよ、私」
天空に向けて掲げられた大具足裾払の甲殻剣に、暴風がまとわりつくように風精が絡みつき、その刀身は集められた雷精で白く輝き始める。
ぱりぱりと中空に青白い放電が走り、空気が焦げ臭いにおいを漂わせる。
二つの精霊を、呪文もなしにただその意志と確信だけで支配下に置き、荒れ狂うこれらを膨大な魔力に物を言わせて制御する、凶悪な術式が構築されていくのが、目で、肌で、感じられる。
「ひゅう。なかなか雰囲気出すじゃない」
「余裕なのも、そこまで、です!」
それはいままでの二度よりもはるかに洗練され、研ぎ澄まされた雷の刃だった。
今まさに振り下ろされんとする神々の鉄槌だった。
「突き穿て――――『雷鳴一閃』!!!」
目の前が真っ白になるほどの閃光。
耳が破裂するのではないかと言う轟音。
地上から放たれたいかずちが、風の道を通って一直線に奥様に向かい、そして焼き尽くさなかった。
うん。
焼き尽くさなかった。
知ってた。
この流れ知ってた。
しかし知らなかったのは、奥様の防ぎようだった。
メザーガのように、器用に風の道を捻じ曲げていかずちそのものの進路を変えてしまうのでもなく。
錬金術師の館の時のように霊威をもって力ずくで防ぎきるのでもなく。
「ば、かな……!!」
「こんな感じかしら?」
全く同じようにいかずちを放って、相殺させるなどと。
落雷のような衝撃が一瞬のうちに奔り、大気を焼く異臭がつんと鼻を突いた。
「成程成程。風精で風の道を作って、ため込んだ雷精を走らせる。気ままにあちこち走りやすい雷精をうまく直進させる、いい技だわ」
「そ、そぎゃん馬鹿げたこつありよるはずが……」
「でもちょっとばかり、年季が足りなかったわね」
風精をまとう飛竜の革鎧と、雷精を呼ぶ甲殻剣、そして無尽蔵の魔力炉を保有する辺境貴族、この三つがそろって初めて発動すると思われた必殺技を、避けられるでも防がれるでもなく、寸分違わず模倣されるという衝撃に、さしものリリオも膝をついてしまったようだった。
というか、はたで見てたあたしだって顎が外れそうなほど驚いている。
いままで防がれ続けてきたとはいえ、しかし誰にも真似できないと思っていた必殺技だ。
それをこうまで容易く……。
「じゃあ、次は私の番ね」
「え、ちょ、まっ」
そこから先は、あえて語るには及ばないでしょ。
それこそ確かに、あたしたちが限界だと思っていたものは足場にすぎず、あたしたちが魔法だと思っていたものはお遊戯にすぎず、あたしたちが積み重ねてきた冒険などまだまだ入り口に過ぎなかったのだと、そう思わせる暴風が襲ってきた。
それだけのことだ。
用語解説
・蒸留酒
南部人はかなり酒に強く、蒸留酒も好んで飲まれているようだ。
蒸留酒自体も南部出身の錬金術師が製造法を確立したと言われ、南部人の酒好きが伺える。
つくづく出鱈目なリリオ母ことマテンステロ。
その出鱈目さを実感する羽目に。
あたしが復活するまでの間に、どういうふうに話がまとまったのか、気づけばあたしたちはみんな庭先に出て、新しく入れた豆茶を頂いているところだった。
「怪我しない程度に頑張るんだよー」
気の抜けたウルウの声援が、間延びしたように庭に響くのを、あたしはどこか遠い世界のように聞いていた。
「ほらトルンペート。いい加減しゃんとしなよ」
「そう言っても……」
「君って案外頭でっかちだね」
「荒唐無稽ってこういう話なんだなってのは感じてるけどね」
まあ、でも、確かにいい加減立ち直るべきだ。
奥様が生きていて、それも飛竜に飛び乗って辺境から逃げてきたとかで、しかも逃げ出した理由が御屋形様の愛情が重すぎたのが理由だとか、まあ、なんだか、一度にいろんな情報が襲ってきたせいですっかり面食らっていたけど、でもまあ、事実は単純なのだ。
奥様は生きていた。それでリリオも喜んでいる。
それだけだ。それだけでいい。
「リリオのお父さんのことは」
「考えない。意地でも考えないわよあたしは」
散々お世話になった御屋形様が、まさかそんな人物だったとは全く思いもよらなかった。つまり、別に知らないでも生きてこれた情報なのだ、それは。知らなくてもいいことは知らなくてもいい。そのままのことだけれど、しかし大事なことだ。
いま大事なのは、目の前にあることだ
「リリオー、頑張りなさいよー!」
そう、目の前のこと。
庭先で剣を構えたリリオと、奥様が、向かい合っているというこの状況。
「なんか頭痛がしてきた」
「ブランクハーラも辺境人も戦闘民族なんだし、久しぶりに会ったらこういうもんじゃないの?」
「言い返せないのが悔しい」
生まれは違うあたしだって、多分、辺境に帰ったら、どれくらい強くなったのか確かめられるだろうし、あたし自身確かめたくてうずうずするだろう。結局のところ、そう言う生き物なのだ。
「ねえリリオ。さっき言ってた『雷鳴一閃』って、あれかしら。いわゆる必殺技っていうやつかしら」
「そうです! ウルウに教えてもらった物凄い技です!」
まあその物凄い技、二回使って二回とも防がれてるんだけどね。
「私、そう言うのってすごくワクワクするの。試しに使ってもらっても構わないかしら」
「え、でも……」
「大丈夫よ。けがはさせないから」
「……………」
成程辺境人と結婚しただけあって、辺境人の扱い方をよく知っているというか、うまく煽る。
「おう、えいぞー、やっちゃれリリオー! そいつん鼻っ柱叩き折っちゃれー!」
そして外野、というかおじいちゃんもまた煽る煽る。
というかこの人もう豆茶じゃなくて酒が入ってる。
麦酒とか葡萄酒じゃなくて、酒精の強い蒸留酒を呷ってる。
あれって火酒、つまり火が付くほど酒精が強いって言われてるのに、よくまあ水でも飲むようにかっぱかっぱ飲めるものだ。酒に強い土蜘蛛たちの血でも引いてるんだろうか。
私も以前飲んだことがあるけれど、あれは、飲むというより舐めるように味わうくらいでちょうどいい。あるいは水で薄めてようやく飲めるくらいだ。
「火傷しても……知りませんからね!」
「いいじゃない。火遊び好きなのよ、私」
天空に向けて掲げられた大具足裾払の甲殻剣に、暴風がまとわりつくように風精が絡みつき、その刀身は集められた雷精で白く輝き始める。
ぱりぱりと中空に青白い放電が走り、空気が焦げ臭いにおいを漂わせる。
二つの精霊を、呪文もなしにただその意志と確信だけで支配下に置き、荒れ狂うこれらを膨大な魔力に物を言わせて制御する、凶悪な術式が構築されていくのが、目で、肌で、感じられる。
「ひゅう。なかなか雰囲気出すじゃない」
「余裕なのも、そこまで、です!」
それはいままでの二度よりもはるかに洗練され、研ぎ澄まされた雷の刃だった。
今まさに振り下ろされんとする神々の鉄槌だった。
「突き穿て――――『雷鳴一閃』!!!」
目の前が真っ白になるほどの閃光。
耳が破裂するのではないかと言う轟音。
地上から放たれたいかずちが、風の道を通って一直線に奥様に向かい、そして焼き尽くさなかった。
うん。
焼き尽くさなかった。
知ってた。
この流れ知ってた。
しかし知らなかったのは、奥様の防ぎようだった。
メザーガのように、器用に風の道を捻じ曲げていかずちそのものの進路を変えてしまうのでもなく。
錬金術師の館の時のように霊威をもって力ずくで防ぎきるのでもなく。
「ば、かな……!!」
「こんな感じかしら?」
全く同じようにいかずちを放って、相殺させるなどと。
落雷のような衝撃が一瞬のうちに奔り、大気を焼く異臭がつんと鼻を突いた。
「成程成程。風精で風の道を作って、ため込んだ雷精を走らせる。気ままにあちこち走りやすい雷精をうまく直進させる、いい技だわ」
「そ、そぎゃん馬鹿げたこつありよるはずが……」
「でもちょっとばかり、年季が足りなかったわね」
風精をまとう飛竜の革鎧と、雷精を呼ぶ甲殻剣、そして無尽蔵の魔力炉を保有する辺境貴族、この三つがそろって初めて発動すると思われた必殺技を、避けられるでも防がれるでもなく、寸分違わず模倣されるという衝撃に、さしものリリオも膝をついてしまったようだった。
というか、はたで見てたあたしだって顎が外れそうなほど驚いている。
いままで防がれ続けてきたとはいえ、しかし誰にも真似できないと思っていた必殺技だ。
それをこうまで容易く……。
「じゃあ、次は私の番ね」
「え、ちょ、まっ」
そこから先は、あえて語るには及ばないでしょ。
それこそ確かに、あたしたちが限界だと思っていたものは足場にすぎず、あたしたちが魔法だと思っていたものはお遊戯にすぎず、あたしたちが積み重ねてきた冒険などまだまだ入り口に過ぎなかったのだと、そう思わせる暴風が襲ってきた。
それだけのことだ。
用語解説
・蒸留酒
南部人はかなり酒に強く、蒸留酒も好んで飲まれているようだ。
蒸留酒自体も南部出身の錬金術師が製造法を確立したと言われ、南部人の酒好きが伺える。