前回のあらすじ
ノリのいい南部人にパスタについて語られ、ついつい買わされてしまうトルンペート。
油断ならない。
今回はタイトル通りのお話なので注意。
さあて、たっぷり見て回って、たっぷり食べて回って、たっぷり買って回って、すっかりくたびれて宿まで戻ってきました。ああ、疲れた。いい気持ちです。こういう心地よい疲れというものは、なかなか得難いものです。
私たちはウルウに荷物持ちを任せてついつい買い過ぎてしまった品物を取り出して並べ、あまり反省していない反省会を早々に終わらせて、これらを整理しました。すぐに使うもの、そうでないもの、一つにまとめられるもの、小分けにした方がいいもの。
結局ウルウの便利な《自在蔵》に放り込んでしまうのですけれど、一度並べて目で見て覚えた方が私も取り出しやすいとウルウが言うので、買い物の後はいつもこのようにしています。
いつもでしたら無駄な買い物などにウルウが一言いうのが定番ですけれど、今日は何も言いません。そりゃあそうでしょう。自分でも、醤油一樽だけでなくあれこれと買いこんでしまったのですから、文句を言えるはずもありません。というか単位量当たりでは一番多いのでは。
さて、整理が終わればさすがに横になって休憩です。お買い物は楽しいものですけれど、疲れるものですからね。トルンペートもさすがに情報量が多すぎる市だったようで、ムニムニとこめかみを揉みながらベッドに倒れます。
ウルウがちょっと席を外しましたけれど、まあ、ウルウも人間です。花を摘みに行くことくらいいちいち何も言いません。そんな野暮な。
野暮とは思いましたけれど、ちょっと気になってしまいました。
「ウルウもするんですね」
「何急に言い始めてんのよ」
「いやだって、しないって言われたら信じられそうな気がしません?」
「そりゃあ……しないわけじゃないけど。でもウルウだって人間よ?」
「たまに疑っちゃいますけど」
「まあそりゃ……でもあたしより付き合い長いんだし、厠に行くとこなんていくらでも見てるでしょ」
「実際厠で何してるかなんてわからないじゃないですか」
「なにあんた……見たいの?」
「………………」
「こわっ」
「いや、そう言う訳じゃなくてですね、ほら、森の中の話したじゃないですか」
「あー」
「あの時私の方は隠してたわけでもないですし、見られてた可能性が無きにしも非ずでしてね」
「いや、さすがにすぐに気づいてどっか行くでしょ」
「わからないじゃないですか」
「なにあんた、仲間のこと疑ってるの」
「そういうわけじゃないですけど……」
「……まあ、あたしもちょっとどうなんだろうって思ってたし、疑問に思うのは否定しないわ」
「トルンペートもですか」
「いや、あたしの場合はほら、ウルウって、毎月普通よねって」
「毎月って……あー」
私が下のことを気にしていたように、トルンペートが気になっていたのは月のものについてだったようです。
「あの顔は絶対重いでしょ」
「顔て」
「あんたはおっそろしく軽いっての知ってるわよ」
「お風呂入っても全然平気なくらいですしねえ」
「羨ましい」
「トルンペートだって割と短いじゃないですか」
「短いけど、やっぱり普段通りってわけにはいかないわよ」
「確かにちょっとつんつんしますもんね」
「自分じゃ抑えてるつもりなんだけどねえ」
「痛いんですか?」
「だるいのよ。痛いのはそこまでじゃないんだけど。あと屈んだりしたときに漏れる感じが嫌」
思い出すのもいやという風に顔をゆがめて、そしてトルンペートは言いました。
「ウルウの場合、ちらっともそんな気配見せないじゃない」
「お風呂入らない日もないですしねえ」
「でも着替えの時、あいつが月帯締めてるの見たことある?」
「ないですねえ」
まあいつもじっくり見てるわけじゃないですけど。
私たちは月のものが来ると、下着の下に月帯という帯を締めて、内側に月布という血を吸うための布を詰めます。多いと何度も変えないといけませんけれど、幸い私はかなり軽いですし、トルンペートも一日一、二度替えるくらいです。
ところがウルウがこの月帯を締めているのを見たことがないのでした。
「自称二十六歳だし、少なくともあたしたちよりは年上じゃない。来てないってことはないと思うんだけど」
「普段から物静かで、ことあるごとにしかめっ面してるような気難し屋さんですから、判断しづらいですよね」
「……洗濯、洗濯してない」
「え?」
「ほら、月帯にしろ月布にしろ、洗濯しないといけないじゃない。このパーティの洗濯もっぱらあたしがやらせてもらってるけど、ウルウの月布洗濯したことない」
「血が付くものですし、自分で洗濯してるんじゃ?」
「わざわざ人目忍んで?」
「ほらぁ……あれで恥ずかしがり屋さんですし」
「あー……そう言われると、そうかも」
「もういっそ、月のものとかないんじゃないですか」
「そんな人間いるの?」
「だってウルウ、半分妖精枠じゃないですか」
「妖精枠」
「おとぎ話から出てきましたって言われても信じられるくらい時々純粋じゃないですか」
「あー……否定できないこのもどかしい感じ」
「何言ってるの君たち」
「あ、ウルウ」
「おかえりー」
極めて怪訝そうな顔つきで帰ってきたウルウに、これこれ、この顔つきですよねなどと言えばさらに不可解という顔をされてしまいました。
「なに。私の話してたの?」
「あー、なんていうか」
「ウルウって月のものどうしてるんだろうって話してました」
「直!」
「え、あ」
「止めて恥ずかしそうな顔をしないで犯罪者みたいな気分になる!」
「うわぁ……うわぁ……」
「そしてそこの犯罪者みたいな顔止めろ!」
ウルウはちょっと恥ずかしそうに顔を俯かせた後、それから決意を定めたように言いました。
「こ、こっちでどうするのか知らなくて……下着に布詰めて胡麻化してた」
「汚れた布とか下着は?」
「不衛生だし、焼いて捨てた」
「思考が金持ち」
「洗って使いまわしましょうよ」
「だって、こう、だって、ねえ」
「どうしよう、リリオよりお嬢様よこいつ」
「はなはだしく不本意ですけど同意です」
結局私たちはこの初心者に月帯と月布の説明をしてやり、今度一緒に買いに行くことにしたのでした。幸いにもこの船旅に合わせて来ている面子は一人もいなかったようで、助かりました。船の上ではどうしようもありませんからね。
「というか、なんでそんな話に」
「いや、リリオがウルウのしているところが見てみたいって」
「トルンペート言葉を選んでっ!」
用語解説
・厠
トイレのこと。
・月帯/月布
整理の時に局部に巻く帯と、そこに詰める吸い取り布。
基本的には洗って再利用するが、布屋などで端切れを使い捨て価格で売っていることもある。
帝国では、素材の違いこそあれ、平民でも貴族でもこれらを用いている。
・
ノリのいい南部人にパスタについて語られ、ついつい買わされてしまうトルンペート。
油断ならない。
今回はタイトル通りのお話なので注意。
さあて、たっぷり見て回って、たっぷり食べて回って、たっぷり買って回って、すっかりくたびれて宿まで戻ってきました。ああ、疲れた。いい気持ちです。こういう心地よい疲れというものは、なかなか得難いものです。
私たちはウルウに荷物持ちを任せてついつい買い過ぎてしまった品物を取り出して並べ、あまり反省していない反省会を早々に終わらせて、これらを整理しました。すぐに使うもの、そうでないもの、一つにまとめられるもの、小分けにした方がいいもの。
結局ウルウの便利な《自在蔵》に放り込んでしまうのですけれど、一度並べて目で見て覚えた方が私も取り出しやすいとウルウが言うので、買い物の後はいつもこのようにしています。
いつもでしたら無駄な買い物などにウルウが一言いうのが定番ですけれど、今日は何も言いません。そりゃあそうでしょう。自分でも、醤油一樽だけでなくあれこれと買いこんでしまったのですから、文句を言えるはずもありません。というか単位量当たりでは一番多いのでは。
さて、整理が終わればさすがに横になって休憩です。お買い物は楽しいものですけれど、疲れるものですからね。トルンペートもさすがに情報量が多すぎる市だったようで、ムニムニとこめかみを揉みながらベッドに倒れます。
ウルウがちょっと席を外しましたけれど、まあ、ウルウも人間です。花を摘みに行くことくらいいちいち何も言いません。そんな野暮な。
野暮とは思いましたけれど、ちょっと気になってしまいました。
「ウルウもするんですね」
「何急に言い始めてんのよ」
「いやだって、しないって言われたら信じられそうな気がしません?」
「そりゃあ……しないわけじゃないけど。でもウルウだって人間よ?」
「たまに疑っちゃいますけど」
「まあそりゃ……でもあたしより付き合い長いんだし、厠に行くとこなんていくらでも見てるでしょ」
「実際厠で何してるかなんてわからないじゃないですか」
「なにあんた……見たいの?」
「………………」
「こわっ」
「いや、そう言う訳じゃなくてですね、ほら、森の中の話したじゃないですか」
「あー」
「あの時私の方は隠してたわけでもないですし、見られてた可能性が無きにしも非ずでしてね」
「いや、さすがにすぐに気づいてどっか行くでしょ」
「わからないじゃないですか」
「なにあんた、仲間のこと疑ってるの」
「そういうわけじゃないですけど……」
「……まあ、あたしもちょっとどうなんだろうって思ってたし、疑問に思うのは否定しないわ」
「トルンペートもですか」
「いや、あたしの場合はほら、ウルウって、毎月普通よねって」
「毎月って……あー」
私が下のことを気にしていたように、トルンペートが気になっていたのは月のものについてだったようです。
「あの顔は絶対重いでしょ」
「顔て」
「あんたはおっそろしく軽いっての知ってるわよ」
「お風呂入っても全然平気なくらいですしねえ」
「羨ましい」
「トルンペートだって割と短いじゃないですか」
「短いけど、やっぱり普段通りってわけにはいかないわよ」
「確かにちょっとつんつんしますもんね」
「自分じゃ抑えてるつもりなんだけどねえ」
「痛いんですか?」
「だるいのよ。痛いのはそこまでじゃないんだけど。あと屈んだりしたときに漏れる感じが嫌」
思い出すのもいやという風に顔をゆがめて、そしてトルンペートは言いました。
「ウルウの場合、ちらっともそんな気配見せないじゃない」
「お風呂入らない日もないですしねえ」
「でも着替えの時、あいつが月帯締めてるの見たことある?」
「ないですねえ」
まあいつもじっくり見てるわけじゃないですけど。
私たちは月のものが来ると、下着の下に月帯という帯を締めて、内側に月布という血を吸うための布を詰めます。多いと何度も変えないといけませんけれど、幸い私はかなり軽いですし、トルンペートも一日一、二度替えるくらいです。
ところがウルウがこの月帯を締めているのを見たことがないのでした。
「自称二十六歳だし、少なくともあたしたちよりは年上じゃない。来てないってことはないと思うんだけど」
「普段から物静かで、ことあるごとにしかめっ面してるような気難し屋さんですから、判断しづらいですよね」
「……洗濯、洗濯してない」
「え?」
「ほら、月帯にしろ月布にしろ、洗濯しないといけないじゃない。このパーティの洗濯もっぱらあたしがやらせてもらってるけど、ウルウの月布洗濯したことない」
「血が付くものですし、自分で洗濯してるんじゃ?」
「わざわざ人目忍んで?」
「ほらぁ……あれで恥ずかしがり屋さんですし」
「あー……そう言われると、そうかも」
「もういっそ、月のものとかないんじゃないですか」
「そんな人間いるの?」
「だってウルウ、半分妖精枠じゃないですか」
「妖精枠」
「おとぎ話から出てきましたって言われても信じられるくらい時々純粋じゃないですか」
「あー……否定できないこのもどかしい感じ」
「何言ってるの君たち」
「あ、ウルウ」
「おかえりー」
極めて怪訝そうな顔つきで帰ってきたウルウに、これこれ、この顔つきですよねなどと言えばさらに不可解という顔をされてしまいました。
「なに。私の話してたの?」
「あー、なんていうか」
「ウルウって月のものどうしてるんだろうって話してました」
「直!」
「え、あ」
「止めて恥ずかしそうな顔をしないで犯罪者みたいな気分になる!」
「うわぁ……うわぁ……」
「そしてそこの犯罪者みたいな顔止めろ!」
ウルウはちょっと恥ずかしそうに顔を俯かせた後、それから決意を定めたように言いました。
「こ、こっちでどうするのか知らなくて……下着に布詰めて胡麻化してた」
「汚れた布とか下着は?」
「不衛生だし、焼いて捨てた」
「思考が金持ち」
「洗って使いまわしましょうよ」
「だって、こう、だって、ねえ」
「どうしよう、リリオよりお嬢様よこいつ」
「はなはだしく不本意ですけど同意です」
結局私たちはこの初心者に月帯と月布の説明をしてやり、今度一緒に買いに行くことにしたのでした。幸いにもこの船旅に合わせて来ている面子は一人もいなかったようで、助かりました。船の上ではどうしようもありませんからね。
「というか、なんでそんな話に」
「いや、リリオがウルウのしているところが見てみたいって」
「トルンペート言葉を選んでっ!」
用語解説
・厠
トイレのこと。
・月帯/月布
整理の時に局部に巻く帯と、そこに詰める吸い取り布。
基本的には洗って再利用するが、布屋などで端切れを使い捨て価格で売っていることもある。
帝国では、素材の違いこそあれ、平民でも貴族でもこれらを用いている。
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