前回のあらすじ
なんにもない、いいまちだった。
「ところで宿はどうするの」
「そう言えばなんか当てがあるんですって?」
「ふふん、実はそうなのです」
ふわふわカリカリの格子餅と雪糕を食べながら、私たちは今夜の宿についての話題に及びました。
船でやってくる旅人用に港周りにも宿はあるのですけれど、今日はそれらを素通りして買い食いなんかしちゃったわけなんです。普通でしたら時間が過ぎれば過ぎるほど宿はお客さんでいっぱいになってしまって、今頃もうよほどあれな宿しか残っていないという状況なんですけれど、そこはご安心。すでに手配済みなのです。
「オンチョさんとお話しているときに、この町にもメザーガの親戚筋がいるということがわかりまして」
「ということはリリオの親戚筋でもあるわけね」
「どこにでも湧いてくるなあ」
「言い方!? でもまあ、本当にあちこちにいらっしゃいますけれど。ともあれ、今日はその親戚筋さんのところに泊まろうという訳でして」
「へえ、どこの宿」
「郊外の牧場です」
「宿ですらなかった」
旅先の宿というのもそれはそれで冒険屋っぽくていいのですけれど、旅先の牧場というのもなんだかさらに旅情緒あふれて冒険屋っぽいじゃありませんか。
「いや、普通に宿がいいけど」
「牧場って」
と思っていたのは私だけのようですけれど、これは体験していないからですよ、きっと。私も体験したことないですけれど。まあそれに第一、いまさら宿を探したところでろくな宿が見つかるとは思えないですしね。
「まあ、そうなると仕方ないということかなあ」
「リリオに任せるとこういう時困るわね」
消極的賛成二票を得まして、無事全会賛成で議決です。
私たちは早速街門を出て、メザーガの親戚筋であるという牧場を目指しました。
「やあ、どうもどうも、いらっしゃい。よくもまあ、本当に、なんというか、奇特な方々で」
「すみません、奇特なのはこいつだけです」
「どうも、奇特な冒険屋です」
「こいつ懲りないな」
「元気は良さそうで何より」
牧場主はランツォさんという方で、奥さんと、娘さんが二人、それにまだ小さな息子さんが一人の五人家族で牧場を経営されているようでした。
「夕食までまだあるし、手伝ってもらうことも特にないから、牧場を見て回ってみるといいよ。あたしらにゃあ見慣れたものだけど、初めての人にゃあ面白いかもしれないよ」
とおっしゃるので、お言葉に甘えて牧場見学をさせていただくことにしました。
とはいえ、私もトルンペートも辺境ではよく牧場に遊びに行っていたので、慣れたものです。正確にはいろいろほっぽって遊びに行く私を追いかけてトルンペートが来てくれたわけですけれど。
このメンツの中ではウルウだけが牧場初体験ということなので、私たち二人が案内がてらウルウにいろんなことを教えてあげることにしました。どの牧場も造りは基本的に同じですから、迷うということはありません。
まずはいつも雪糕やらなんやらでお世話になる、お乳を出してくれる家畜である牛さんを見に行きましょう。何しろ大きいですから迫力もあります。
牛を飼う牧舎は基本的に半地下になっていて、牛たちが眩しがらないよう最低限の明かりだけがともされています。私たちがのぞいた時は、牛さんたちはお休みの時間のようで、明かりはすっかり消されていました。私たちはウルウの貸してくれる闇を見通す眼鏡をかけてこっそりとお邪魔しました。
「ひゃっ」
「うふふ、驚きましたか」
「なに……え? なにこれ」
「牛さんです」
「なんて」
「牛さんです」
「私の知ってる牛さんではない……」
やっぱり初めて見ると驚きますよね、牛さん。
外見はそうですね、しいて言うならば大きくて縦長なお芋がゴロンと転がっているような感じです。短い毛はたいてい黒か茶色で、珍しいもので白色ですかね。手足は短くて太くて、穴を掘るのに適した円匙のような大きな爪が特徴です。怪我しないように丸く切りそろえられてますけどね。
目はほとんど退化していて、毛の中にうずくまるように小さなものが見えるか見えないか。髭の生えた鼻先が時折もごもごと動いています。
「これはモグラでは」
「牛さんですよ?」
「いや、どう見ても」
「牛さんだってば」
「トルンペートまで」
ウルウは時々よくわからないことを言います。
この盲目の牛さんたちは非常に濃厚で栄養たっぷりのお乳を出してくれますけれど、何しろ牧舎が真っ暗でなければなかなか元気にお乳を出してくれないので、管理が難しい生き物ではありますね。
西部では大嘴鶏からお乳を搾っているらしいですけれど、今度行ってみたら味わってみたいものです。
さて、暗い牧舎から出て目をしぱしぱさせて、今度は牧草地に向かってみましょう。今の時間帯なら羊たちが草を食んでいるかもしれません。
なんだか疲れたようなウルウを連れて行くと、ちょうど羊たちが、ふわふわの毛を揺らしながらもっしもっしと草を食んでいるところでした。
「つかぬことを聞くけれど」
「はい」
「もしやあれが羊?」
「その通りです」
「トカゲじゃん……毛の生えたオオトカゲじゃん……」
「ウルウってホントよくわかんないこと言うわよね」
「おのれ異世界」
羊たちは幅の広いお口でもっしもっして元気に草を食んでいます。お食事中にあんまり構うと棘のついた尻尾で思いっきりぶん殴られますけれど、ちょっとなでるくらいなら大丈夫です。鱗の隙間からするすると生えてはもこもこと貯えられるこの羊毛は非常に暖かく、北部でも防寒用によく売れる代物です。
なんでも羊自身の防寒用と、そしてもともとは外敵の攻撃に対する防御のためのようですけれど、品種改良が進んだ今では非常にきめ細かくやわらかな毛が取れるようになっています。
そして羊たちと言えば。
「ああ、うん、あれは知ってる。犬だ」
「そうです、牧羊犬です」
「思ってたよりでかい」
「牧羊犬ですから」
ここでもやはり八つ脚の牧羊犬を飼っているようでした。子供を乗せて走るくらいは訳のない大きさで、多分、今の私でも装備を外せば乗るくらいはできるはずです。
ウルウは背が高いですしさすがに乗るのは無理そうでしたけれど、逆に牧羊犬にのしかかられてそのふわっふわの毛に挟み込まれて、恐れとも歓喜ともつかぬ表情のまま沈んでいきました。
黒いし細長いし仲間だと思われてるんじゃないかというのが最近の私の持論です。
「そんなことより助けて!」
「顔がそうは言ってないわよ」
「あふん」
用語解説
・ランツォ(Lanco)
ランタネーヨ郊外の牧場主。
牛や羊、鶏を育てている。
・盲目の牛
しいて言うならば巨大なモグラ。
完全に家畜化されており、現状では自分の寝心地の良い形に土を掘るくらいしかせず、自分で餌を摂ることもできない。
濃い乳を出す。
これとは別に普通のいわゆる牛もいるようだ。
・羊
鱗の隙間から、鱗から更に変化した長いふわふわの体毛をはやす四つ足の爬虫類。
とげのついた尻尾を持ち、外敵に対してある程度自衛ができるが、基本的に憶病で、積極的な戦闘はしない。
いわゆる普通の羊もいるようではある。
なんにもない、いいまちだった。
「ところで宿はどうするの」
「そう言えばなんか当てがあるんですって?」
「ふふん、実はそうなのです」
ふわふわカリカリの格子餅と雪糕を食べながら、私たちは今夜の宿についての話題に及びました。
船でやってくる旅人用に港周りにも宿はあるのですけれど、今日はそれらを素通りして買い食いなんかしちゃったわけなんです。普通でしたら時間が過ぎれば過ぎるほど宿はお客さんでいっぱいになってしまって、今頃もうよほどあれな宿しか残っていないという状況なんですけれど、そこはご安心。すでに手配済みなのです。
「オンチョさんとお話しているときに、この町にもメザーガの親戚筋がいるということがわかりまして」
「ということはリリオの親戚筋でもあるわけね」
「どこにでも湧いてくるなあ」
「言い方!? でもまあ、本当にあちこちにいらっしゃいますけれど。ともあれ、今日はその親戚筋さんのところに泊まろうという訳でして」
「へえ、どこの宿」
「郊外の牧場です」
「宿ですらなかった」
旅先の宿というのもそれはそれで冒険屋っぽくていいのですけれど、旅先の牧場というのもなんだかさらに旅情緒あふれて冒険屋っぽいじゃありませんか。
「いや、普通に宿がいいけど」
「牧場って」
と思っていたのは私だけのようですけれど、これは体験していないからですよ、きっと。私も体験したことないですけれど。まあそれに第一、いまさら宿を探したところでろくな宿が見つかるとは思えないですしね。
「まあ、そうなると仕方ないということかなあ」
「リリオに任せるとこういう時困るわね」
消極的賛成二票を得まして、無事全会賛成で議決です。
私たちは早速街門を出て、メザーガの親戚筋であるという牧場を目指しました。
「やあ、どうもどうも、いらっしゃい。よくもまあ、本当に、なんというか、奇特な方々で」
「すみません、奇特なのはこいつだけです」
「どうも、奇特な冒険屋です」
「こいつ懲りないな」
「元気は良さそうで何より」
牧場主はランツォさんという方で、奥さんと、娘さんが二人、それにまだ小さな息子さんが一人の五人家族で牧場を経営されているようでした。
「夕食までまだあるし、手伝ってもらうことも特にないから、牧場を見て回ってみるといいよ。あたしらにゃあ見慣れたものだけど、初めての人にゃあ面白いかもしれないよ」
とおっしゃるので、お言葉に甘えて牧場見学をさせていただくことにしました。
とはいえ、私もトルンペートも辺境ではよく牧場に遊びに行っていたので、慣れたものです。正確にはいろいろほっぽって遊びに行く私を追いかけてトルンペートが来てくれたわけですけれど。
このメンツの中ではウルウだけが牧場初体験ということなので、私たち二人が案内がてらウルウにいろんなことを教えてあげることにしました。どの牧場も造りは基本的に同じですから、迷うということはありません。
まずはいつも雪糕やらなんやらでお世話になる、お乳を出してくれる家畜である牛さんを見に行きましょう。何しろ大きいですから迫力もあります。
牛を飼う牧舎は基本的に半地下になっていて、牛たちが眩しがらないよう最低限の明かりだけがともされています。私たちがのぞいた時は、牛さんたちはお休みの時間のようで、明かりはすっかり消されていました。私たちはウルウの貸してくれる闇を見通す眼鏡をかけてこっそりとお邪魔しました。
「ひゃっ」
「うふふ、驚きましたか」
「なに……え? なにこれ」
「牛さんです」
「なんて」
「牛さんです」
「私の知ってる牛さんではない……」
やっぱり初めて見ると驚きますよね、牛さん。
外見はそうですね、しいて言うならば大きくて縦長なお芋がゴロンと転がっているような感じです。短い毛はたいてい黒か茶色で、珍しいもので白色ですかね。手足は短くて太くて、穴を掘るのに適した円匙のような大きな爪が特徴です。怪我しないように丸く切りそろえられてますけどね。
目はほとんど退化していて、毛の中にうずくまるように小さなものが見えるか見えないか。髭の生えた鼻先が時折もごもごと動いています。
「これはモグラでは」
「牛さんですよ?」
「いや、どう見ても」
「牛さんだってば」
「トルンペートまで」
ウルウは時々よくわからないことを言います。
この盲目の牛さんたちは非常に濃厚で栄養たっぷりのお乳を出してくれますけれど、何しろ牧舎が真っ暗でなければなかなか元気にお乳を出してくれないので、管理が難しい生き物ではありますね。
西部では大嘴鶏からお乳を搾っているらしいですけれど、今度行ってみたら味わってみたいものです。
さて、暗い牧舎から出て目をしぱしぱさせて、今度は牧草地に向かってみましょう。今の時間帯なら羊たちが草を食んでいるかもしれません。
なんだか疲れたようなウルウを連れて行くと、ちょうど羊たちが、ふわふわの毛を揺らしながらもっしもっしと草を食んでいるところでした。
「つかぬことを聞くけれど」
「はい」
「もしやあれが羊?」
「その通りです」
「トカゲじゃん……毛の生えたオオトカゲじゃん……」
「ウルウってホントよくわかんないこと言うわよね」
「おのれ異世界」
羊たちは幅の広いお口でもっしもっして元気に草を食んでいます。お食事中にあんまり構うと棘のついた尻尾で思いっきりぶん殴られますけれど、ちょっとなでるくらいなら大丈夫です。鱗の隙間からするすると生えてはもこもこと貯えられるこの羊毛は非常に暖かく、北部でも防寒用によく売れる代物です。
なんでも羊自身の防寒用と、そしてもともとは外敵の攻撃に対する防御のためのようですけれど、品種改良が進んだ今では非常にきめ細かくやわらかな毛が取れるようになっています。
そして羊たちと言えば。
「ああ、うん、あれは知ってる。犬だ」
「そうです、牧羊犬です」
「思ってたよりでかい」
「牧羊犬ですから」
ここでもやはり八つ脚の牧羊犬を飼っているようでした。子供を乗せて走るくらいは訳のない大きさで、多分、今の私でも装備を外せば乗るくらいはできるはずです。
ウルウは背が高いですしさすがに乗るのは無理そうでしたけれど、逆に牧羊犬にのしかかられてそのふわっふわの毛に挟み込まれて、恐れとも歓喜ともつかぬ表情のまま沈んでいきました。
黒いし細長いし仲間だと思われてるんじゃないかというのが最近の私の持論です。
「そんなことより助けて!」
「顔がそうは言ってないわよ」
「あふん」
用語解説
・ランツォ(Lanco)
ランタネーヨ郊外の牧場主。
牛や羊、鶏を育てている。
・盲目の牛
しいて言うならば巨大なモグラ。
完全に家畜化されており、現状では自分の寝心地の良い形に土を掘るくらいしかせず、自分で餌を摂ることもできない。
濃い乳を出す。
これとは別に普通のいわゆる牛もいるようだ。
・羊
鱗の隙間から、鱗から更に変化した長いふわふわの体毛をはやす四つ足の爬虫類。
とげのついた尻尾を持ち、外敵に対してある程度自衛ができるが、基本的に憶病で、積極的な戦闘はしない。
いわゆる普通の羊もいるようではある。