俺は人を選ぶ側の人間だった。
実家は裕福で、家族は経営者や医者のエリート揃い。俺自身も、雑誌のモデル経験もある眉目秀麗で優秀な非の打ち所のない才色兼備。
僻みから『親の七光り』だと言われようと関係無い。俺に釣り合う人間だけを侍らせて、メリットのない奴とはつるまない。常に選ぶ側、それが俺、神楽坂スバルだった。
そんな生来の傲慢さが許される環境下で小中高と過ごして来た俺は、プライドも自己肯定感もそれはそれは高く成長した。
そして大学生になり、周囲が就職活動に悪戦苦闘しているのを見て、それ位余裕だろうにと上から眺めていた。
何せ今までの人生、俺の行く手に苦労や障害は殆んどなかったのである。卒業後は代表取締役である父のコネで入社して、将来的にはその後を継ぐ。だから就活なんてものには縁もなく、興味もなかった。
けれど今まで周りに居た奴等が皆就活を始める様子を見て、ほんの少しだけ、興味が湧いたのだ。
「そんなにも難しいのなら、この俺が簡単にクリアしてみせようじゃないか!」
それは自身の力を示す為の手段であって、このスバル様に不可能は無いと知らしめる為で……決して疎外感からではない。……断じて、違う。
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やると決めてからはあっという間だった。実際に就職する訳ではない、必要なのは内定を得られたという事実だけ。自分で会社を選ぶ必要性も感じられず、適当に名のある企業をピックアップして、あとは父の秘書である鈴木に用意させたダーツで決めた。鈴木は呆れていたが、俺に意見することはなかった。
企業を決めてから、初めて書く履歴書には俺の輝かしい学歴を添える。写真も何枚も撮り直して、俺が一番美しく見える物にした。
そしてそんな完璧な履歴書で、そこらの企業の書類選考に落ちる訳がなかった。武勇伝の第一歩だ。
次は面接だ、此処まで来れば受かったも同然である。この日の為に仕立てたブランド物のオーダーメイドのスーツを着こなして、鈴木の運転する高級車で面接会場である本社へと向かう。その道すがら、俺はようやく面接についてスマホで調べることにした。
どうやら面接というものは、自己アピールだけでなく志望動機も聞かれるらしい。だが、勿論そんなのあるはずもない。それどころか、具体的な仕事内容すら、実際に働くことはないのだからとあまり詳しくは調べていなかったのだ。
「企業名……人材派遣会社『ハッピースマイリー』ねぇ。人材派遣って、何するんだ?」
「人材を派遣しますね」
「人をレンタルするってことか?」
「まあ、簡単に言えばそうなりますね」
「ほう? 人を使うのに長けたこの俺にぴったりだな!」
「はあ……この場合、受かればスバルさんが使われる側になるのですが……。まあ、頑張って下さいね」
「言われずとも、この俺に不可能はない。必ず合格の二文字を持ち帰るさ」
良くわからないが、まあ、何とでもなるだろう。複雑そうな鈴木からの応援を受け車を降り、根拠のない自信を引っ提げて、面接会場となる建物へと足を踏み入れた。
この建物は今日受ける企業の本社らしい。父の経営するものと比べ小規模だったが、清潔感もあり職員は皆笑顔で中々良さそうな会社だ。
案内されるまま廊下を進むと、待合室にはスーツを着た若い男が先に居た。椅子に座る彼もまた、面接を受けに来たのだろうと視線を向ける。
しかしどうにも冴えない男だ。野暮ったい前髪と眼鏡で、顔は良く分からない。スーツは新しいものの、身体には合っていないようだった。同い年くらいにも見えるのに、普段周りに居る洗練された面子との差に、思わず顔をしかめてしまう。
「……あの、何か?」
不躾な視線に気付いたのだろう、男はのそりと此方を見上げた。俺は咄嗟に愛想笑いを返す。
「いえ、あなたも面接に?」
「はい。あ、僕は佐藤といいます。この企業が第一志望なので、緊張してます……」
「神楽坂です、お互い頑張りましょう」
最低限の挨拶をして、先に面接に呼び出された佐藤という男は、軽く頭を下げて行ってしまった。
受けるのは二人だけなのか、佐藤の前にも誰か居たのか、俺の後にも誰か来るのか。手持ち無沙汰に無人となった周囲を見渡す。
一人待っている時間が退屈であれこれ考えてしまうが、佐藤のように面接前に緊張するということは無かった。
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しばらくして、ようやく俺の名前が呼ばれる。通された部屋の中、面接官は初老の男性一人だけだった。
「神楽坂スバルです、宜しくお願い致します」
パイプ椅子に座り、面接官の出方を伺う。けれど簡単な自己紹介を終えた段階で、予想していた質疑応答は無かった。
「神楽坂さんには、これからテストを受けて貰います」
「……テスト、ですか?」
学力テストなら問題ない。けれど再び予想に反して、出されたお題は、「制限時間内に面接官と『友達』になって下さい」というものだった。
「……とも、だち?」
全くもって意味が分からない。そんなもの、企業の面接と何の関係があるのか。
人材派遣会社。例えば営業に必要な能力を見るというのなら、セールストークだとかそういう実力を見れば良い。あらゆる職場に順応する臨機応変さを見るなら、もっと別の方法もあるはずだ。それが、『友達』になる?
意図をはかりかねる俺の表情を見て、面接官は柔和な笑みを浮かべる。
「我が社は人材の派遣によって『笑顔』を生み出すのを目標にしています。よって様々な相手に対して友好的な……端的に言えば、初対面でも友達になれそうと思われる程度の対人スキルは、最低条件です。これをクリア出来なければ、仕事になりません」
最低条件。それすら満たせぬようでは話にならない。そこまで言われて引き下がれる訳もなく、俺は自信満々に頷く。
『友達』なんて曖昧な定義をどう判断するのかと問えば、今から現れる面接官二人を相手に、制限時間内に友好的な印象を与えられれば……『友達になれそう』と思われればお題クリア。
ざっくりしているが、想定していた質疑応答等よりも余程実践的な面接だ。実力を示すには丁度良かった。
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