姿勢を正し、受付に立っている人物。

目深に被った帽子、目を覆った長さの前髪、丸みを帯びた大きめの黒縁眼鏡――顔がよくわからない。

細身のジーンズ、フード付きのシャツ、その上にカートソージャケットを色合い良く合わせた着こなしは、普通の若者だ。

「万萬詩悠さん?」

紗世の問いに、彼はフルフルと首を縦に振る。

手にした手帳を開き、ペンでサラサラと文字を書き、紗世に向ける。

―――万萬詩悠(よろずしゆう)です。宜しくお願いします

横滑りの流れるような文字は、妙に書き慣れた草書文字だ。

「えっ!?」

紗世が思わず不思議そうに、声を漏らすと、万萬は再びサラサラと文字を書く。

――すみません。口が利けないので、会話は手話か筆談です

紗世は向けられたメモを読み「わかったわ。編集部に案内しますね」と、エレベーターのボタンを押す。