「紗世を巻き込んでしまうだけなのに……」

結城がポツリ呟いて、起き上がると背後で声がした。

「上手く騙していたな、結城。『万萬詩悠』お前だったなんてな」

結城はハッとして、振り返る。

「……小今田部長」

声がひきつる。

「喋れないだの筆談だのと小細工までして」

結城は黙ったまま、小今田を見上げる。

「たった1文字のために昇進も逃し家庭も失った」

結城は「とばっちり」だと思う。

「昇進できなかったのはミスをしたからだろう、家庭の事情なんて知らない」と、喉まで出かかった言葉を飲み込む。

「結城。お前の弱点をずっと、探っていた甲斐があった」

結城の背筋に冷たいものが走る。

小今田の狂気じみた目が、結城を見下ろしている。

「麻生を編集部へ送りこんで正解だった」