紗世は音を立てないように、息を潜める。

慎重に慎重に手を伸ばす。

指先が帽子のツバに届く。

ふわりとした軟らかい髪が、指に触れる。

万萬がピクリ、微かに動いたような気がし、紗世は息を飲む。

――もう少し……

紗世は自分の指が、あと数ミリ長ければと思う。

――もう少し……もうちょっと……

身を乗り出した紗世の指が帽子のツバを弾く。

あっ!と声が漏れそうになるのを堪える間に、帽子が万萬の肩を滑り、机の上に落ちた。

ふわふわの猫毛、薄い茶色の髪。

下ろした前髪の隙間、丸みを帯びた黒ぶち眼鏡の奥に、万萬の閉じた瞼が見える。

――結城さんに……似ている

紗世はまじまじと見つめ、まさかと思い直し、原稿を読み始める。

集中できずに、脱げた帽子を机の隅に置き、再び万萬を見る。