――何なの。黒田さんが怒ることではないでしょ!?

部屋を出ながら、紗世は頬を膨らませる。

「麻生、遅ーい」

通路の曲がり角で、マスクを着けた結城が、紗世を呼ぶ。

紗世は小走りで駆け寄り「すみません」と頭を下げる。

「黒田さんに何か言われた?」

紗世に肩を並べた由樹が訊ねる。

「いえ……」

「嘘はつくな。『由樹に酷い口を利くなって言われました』と顔に書いてる」

「……どうして?」

結城はフッと儚げに微笑む。

「お局様の言葉は聞き流せ。いちいち気にしてたら、胃に孔が開くぞ」

「はい」

紗世は短くこたえて、結城を見る。

結城は、もう澄まし顔に戻っている。

「お局様って言ったこと、黒田さんに言うなよ」

「言いませんよ」

紗世はフフッと微笑む。