さりげなく、あまりにも穏やかな優しい笑みを残して、結城は給湯室を出る。

――可笑しな人

紗世の胸がキュンと熱くなる。

「ありがとう」

慌てて給湯室から顔を出し、結城の後ろ姿に声をかける。

結城は後ろ姿のまま、サッと手を振った。

「由樹、すまんが沢山江梨子(さわやまえりこ)先生の所に行ってくれないか?」

「何で俺が? 担当いるじゃん!?」

「明後日締切の連載、沢山先生がまだ1行も書いていないらしい」

――相田さん、何やってるんだ?

結城はチッと舌打ちをする。

「由樹、相田が1週間粘っているんだがダメらしい。先生が『結城由樹くんを呼んで』と、きかないんだと」

「はあ!? 俺、沢山江梨子って超嫌いなんだけど……」

結城は思い切り嫌そうに、顔をむくれて見せる。

「穴を開けられたら大損害になっちまう」