結城に言えば、「不謹慎だな」と言われそうだ……紗世は思う。

紗世はミステリー作家「西村嘉行」が、「結城くんのそういう顔もなかなかいい」と話した時の結城の顔を思い出す。

――あの時の話は何だっただろう。確か……部下を傷つけたくないと

紗世は結城の左手をじっと見つめる。

手の甲に刻まれた、痛々しく深い傷。

――どんな過去があるのか

紗世の耳に、結城の怒鳴り声が離れない。

――3分も持たない……逃げろ、紗世!!

昨晩の結城の悲痛な叫びと顔が、焼きついている。

自分の2倍ほどもある黒づくめの男に、敵わないとわかっていながら抵抗し続けた結城の姿。

――俺は結城が無理をしているのを見たくない

そう言って、紗世に「『結城の下では働けない』って、結城から離れてくれ」と訴えた相田の言葉が、紗世の頭の中をぐるぐる回る。