渡部がいつの間にか、由樹の側に寄り、結城の耳元で囁いた。

結城は、一瞬戸惑いを見せ、静かに頷いた。

「麻生、遅くなったな。送っていく」

結城は力なく疲れたように、ゆっくり立ち上がり、鞄を手に取る。

「お疲れ様でした、お先に」

結城の声は細く掠れている。

エレベーターの中、紗世の後ろは壁。

結城は珍しく壁に凭れかからず、紗世の隣にいる。

「結城さん、大丈夫ですか? わたし、電車で」

結城は言いかけた紗世をじっと見つめ、ドンっと強く壁に手をついた。

「……結城さん!?」

「恐いんだ、このまま1人帰るのが」

頼りなく寂しそうに言う。

「『アン』と聞いた時から『浅田杏子』を予測していた……次に何が仕掛けられるのかが、恐いんだ」

「結城……」

紗世の口を柔らかいものが塞ぐ。

グリーンノートが香る。