紗世は握りしめた黒田の手を見つめながら、心の中で繰り返した。

紗世が黒田と編集部に戻ると、結城は出掛ける準備を整え席に座っている。

紗世がファイルに入れ、机の上に置いたままの万萬の原稿を読んでいた。

「辛気くさい」

ポツリ、言葉を吐き捨てる。

その横顔が暗く寂しげで、顔色まで青白く見える。

紗世の姿を確認し、ゆっくり原稿を閉じる。

結城は「ちゃんと仕舞っておけよ」抑揚なく呟く。

「熱は下がりましたか?」

紗世は訊ねながら、結城の額に手を伸ばす。

結城はその手を、掌で遮り立ち上がる。

「行くぞ」

結城のふらついた体が、引き忘れた椅子にぶつかる。

「結城さん!!」

結城は打ち付けた、痛みさえも感じないように、出口へ急ぐ。

「どうして無理をするんですか?」

紗世が結城の背に叫ぶ。