朝から強風が吹き荒れる、肌寒い日のことだった。

 寝坊をしてバスに乗り遅れるわ、仕事に遅刻して上司から長い説教を受けるわ、階段で躓いて足首を捻るわ、湿布を買うために寄った薬局で店員さんに嘲笑されるわ、で。散々な一日だった。

 路地裏に入り、ずきずき痛む足首に湿布を貼っていたら、建物の隙間から顔を出した野良猫が、とことことこちらに寄ってきて、差し出したわたしの指に鼻を近付けてくれたことで、ようやく心が落ち着いた。

「厄日でも、仕方がないもんね。生まれてきた以上、生きていくしかないもんね……」

 少し痩せたキジトラの猫は人懐っこく、鼻をすんすん鳴らしたあと、わたしの足元で丸くなった。少しだけ頷き、言葉を理解したように見えたのは、わたしの願望だろうか。

 そうだ、仕方がないのだ。どれだけつらいことが続いても、理不尽に巻き込まれても、ここで地道に暮らしていかなくてはならないのだ。数十年前の大混乱期に比べたら、世の中は落ち着いているのだから……。

 自分にそう言い聞かせ、大人しいキジトラ猫の頭を優しく撫でた、そのときだった。