工藤は、ようやく、自分のダンボールで出来た住処に辿り着くと、あんぱんの入ったビニール袋を置いた。

「よぉ、工藤、なんか良いもんでも落ちてた?」

隣の段ボールの住処から、顔も出さずに声だけが聴こえてくる。

「あぁ、食べかけのあんぱんが、コンビニのゴミ箱に捨ててあった」

「それは(じょう)モノじゃねぇか」

ようやく、短いタバコを咥えながら、髭面の田辺晋作(たなべしんさく)が、顔を見せた。

田辺は、工藤と同じ30代半ばで、いつも同じ汚れたグレーのスウェットの上下を着ていた。

「なぁ、工藤、もうこんな生活おさらばしたくね?」

「何?いい話でもあるのか?」

田辺は、タバコを咥えながら、空を眺めた。先程まで晴れ渡っていた青空は、灰色の雲に覆われて、一雨きそうだ。

「まあね」

田辺は、ボサボサの髪の毛を掻きむしると、ヤニだらけの口元を、ニッと引き上げた。田辺の右上の犬歯の銀歯が光り、笑うと右片側だけに出るエクボが、田辺の容姿には、不似合いだと工藤は、いつも思っていた。