「おいっ、ちょっと待てよっ」 

工藤は、両足を踏ん張るようにして、男に向かって、声を張り上げた。

暗闇を照らす仄かな月明かりで、少しずつ視界が回復していく。

「何だ?誓約書にサインした上、この仕事を知ったからには、全うしてもらわないとな」

男の仮面の目の部分から、わずかに目元が見えそうで、見えない。工藤は、一歩男に歩み寄った。

「やるよ。俺が、此処から、落ちてやればいいんだろ?」

(やっぱ見えないか……)

怪しげな男の目元だけでも、拝んでやろうと思ったが、無理そうだ。

「そうだ、田辺から聞いてるだろう」

「先に金の確認だけしたい」

男は、500万の束をポケットから取り出すと、工藤の目の前に差し出した。

「前払いだ、受け取れ」

ぽいと投げ渡された札束を、工藤は、じっくりと数えてから、ジャンパーのチャック付きの両ポケットに分けて仕舞った。

初めて見る大金に目を奪われていた、工藤の右足には、気づけば、命綱が取り付けられている。

「じゃあ、俺は、屋上扉の前まで下がる。別ビルに設置してある、固定カメラに映り込まないようにな」