『命を……、握るとは、どういうことだ……』

「ナキサワさまが、教えてくださったのです……。私は言葉の力を操る身。その力でミツハさまのお名前を決め、その力でミツハさまの命を脅かしていると……。神を脅かす巫女など要りません。ミツハさまご自身から正しく巫女を選んでください……」

『正しく……。君が正しく……私の名を……、思い出せば、……正しく契約、出来る、では、ない、か……』

確かにそうだ。しかし新菜は未だミツハの名を思い出していない。それに、その名を知っていることでミツハを脅していたのだとしたら、そもそもミツハの巫女になる資格がないのだ。

「……私には、その資格がありません……。どうか……、鈴花に名を教えて、鈴花と契約してください……」

『約束を……、うっ! 違えるのか……。本気で……、鈴花と、……契約しろと……』

苦しそうなミツハに言い募る。

「違うのです……っ! 私はミツハさまをお救いしたい……。それには、契約するのが私ではいけません……っ。神を脅かす力を持つ私などが巫女では……、神さまと巫女との関係が崩れます……っ!」

ヴヴ、と唸る中、ミツハは新菜の言葉を質した。

『君が……私を……、脅かすとは、思っていない……』

「人の感情は移ろいます。言霊の力を持つ私では、ミツハさまのお名前を使って、ミツハさまを殺すことも出来るのです……。だから……、だからミツハさまは私を手の内にとらえて、何もかも知らせずにいらっしゃったのでしょう? そうでなければ、名付けたくらいで花嫁として迎えに来てくださる理由が分かりません……っ」

涙があふれる。焦がれたその身でミツハを追い詰めていたなんて知りたくなかった。でも確かに出来るのだろう。新菜が大きな代償さえ払えば、それは可能だ。

「私は私の記憶を封じます。ミツハさまは、いつなんどき記憶の箍(たが)が緩むか分からない私よりも、鈴花と契約してください……」

『まて、新菜……。それなら別のやりようがあろう……。よく考え……ううっ!』

あたりにぽつぽつと雨が落ちてきた。ミツハは苦しみながらもがき、のたうつ。

『ヤマツミの……、声が……』

そこまで言って、ミツハは大きな咆哮を上げた。ナキサワが荒い息の中、新菜に問う。

「新菜さん……。記憶を封じるとは……、言霊の力で……?」

「はい。人の記憶に絶対はないと、ミツハさまは仰っておられましたが、私が死してしまえば、この恐ろしい事実を知る人はいなくなります。それまで私は、記憶がほつれたらその度ごとに封じ直します。私はミツハさまをお救いしたくて名を献上しました。ミツハさまを追いつめたいわけではないのです……」

「自分に……、力を使うことが出来るのですか……?」

「やってみなければわかりませんが、それしか方法が……」

そこまで言って、ハッとする。自分の記憶を封じることが可能なのであれば、あるいは……。

『新菜……。今一度、問う。……本当に私が……、ううっ! 鈴花と契約しても、……君は、なにも……、感じないというのか……』

ばらばらと雨が降ってくる。しかしこの雨はミツハが望んだ形の雨ではない。

苦しそうなミツハ。雷鳴ばかりが響く雨雲厚い空。新菜はミツハの言葉に背を押されて、口を開いた。