天宮家の騒々しさは、宮奥にまで届いていた。これまでもそれぞれの宮巫女が天神に、自分の領分を超えて契約を申し出ていた為に、その原因が、ミツハが巫女でもない人間を囲っているからだと知って、もしや他の天神が今後そのような選択をするのではないか、地の民は見放されるのではないか、という、人の間で噂される間に出来上がってしまった虚言が流布されるようになっているという。

この事態を重く見たアマサトは水宮を訪れた。ミツハと新菜を前にして苦言を呈する。

「地の民の動揺を招くなど、天神にあってはならぬこと。慎重に事を進めるべきだったでしょう。お前はこの事態を招く恐れを考えなかったの?」

ミツハは鈴花の愚行を読み切れなかった後悔を顔に滲ませた。鈴花が相手の言葉を理解し、把握する力に欠けていることを認識せずに、言葉を発し、行動してしまった。周りが自分を珍重することに慣れていた娘は、自分が否定されることを直視できなかった。それがどういう行動に発展するのか、読み切れなかったミツハの落ち度だ。

「天土神(トノヂ)たちも宮巫女の不安を感じているみたいよ。この国が進めている土地開拓の所為で、山は崩れ、木々も伐採されていっていて、私たちに対して祈る人々も減っている。天上界(宮奥)に届く信心が薄い中でこのままトノヂたちに無理はさせられないわ。新菜は下界に帰しなさい。新菜が巫女としてあなたと契約出来れば、全て丸く収まるのよ。新菜には今、その努力が足りないということでしょう。この子がこのまま宮奥にとどまって良い理由は、どこにもないわ」

アマサトの言葉を、嫌な動悸と共に聞いていたが、彼女の言うことはもっともだった。

そもそもミツハは慈悲の気持ちで新菜を手元に置いているだけだ。ならば自分は下界に帰るべきなのだろう。だが、下界で何もせずに居ても良いというわけではない。もともと新菜がミツハに出会ったのは雨を賜る為。その為の努力をせねばならなかった。ミツハの傍を離れたくないなどという勝手な言い分は通らない。身を切る思いで、新菜はこうべを垂れてアマサトに申し出た。

「私、下界に帰ります。そして、巫女としてミツハさまに認めて頂けるよう、努めます」

「新菜! 君には下界で帰るべき家もない筈だ、そんな無茶を、許せると思うか!」

必死なミツハに、どうして永らえるためだけに新菜を傍に置きたいのだろうと思う。命なら既にミツハの手中にあるだろうに。
「ミツハさま。ミツハさまは宮巫女たちの信心を取り戻さねばなりません。その為には私がここに居ることがその妨げになります。私はミツハさまをお救いしたい。どうか、下界に戻らせてくださいませ。その代わり、必ず巫女としてミツハさまをお呼びします。その時はどうか……、応えてくださいませ」

辛そうな、ミツハの顔。水宮(ここ)に来てから何度も見た。でも、そのどれとも違った辛そうな顔だった。

(どうして、そんなお顔をされるのですか。これではまるで……)

いっときでもミツハと別れるのが辛い、自分みたいだ。

そんなわけ、ある筈がないのに。