永らえる為。
命を、永らえる為。
それは、ミツハが最初に新菜に望んだこと。
「……、……っ」
さあ、と頭に冷水を掛けられたように平静になっていく。そもそもミツハにとって一番大事なのは、まずその身を途絶えさせないこと。信心が薄くなり、その力が危うくなり、それを助ける手立てを新菜がした。それが最初。それが全て。
何を、勘違いしたのだろう。ミツハの腕がやさしかったなど、当たり前のこと。
(だって、神さまなんだもの……)
人の慈悲を与えるのは息をするがごとく、神にとっては自然な事。それは裏切られてもなお、地の民を思うミツハを見れば分かる。地の民の為に見聞きしたことを共有し、万事うまく行くように見守っているアマサトをはじめとした、あとの三柱にもそれが言える。
生き永らえれば、新しい巫女と契約を結び、使命を果たせる。新菜は名前を思い出せば、それでよい。
それだけのこと。それだけのことだ。
それなのに。
(どうして、最初から分かっていたことが、こんなに苦しいの……)
胸が苦しいと。
振り向いてもらえないことを思うだけで胸が苦しいのだと、使用人たちは言っていた。
今ならわかる。
新菜は振り向いて欲しかったのだ。ミツハに。
ミツハさま、ミツハさま、ミツハさま!!
心が叫ぶ。苦しい。息も出来ない。
痛い胸をぎゅっと押さえて、新菜はその場を後にした。廊下に襖の閉まる音がして、チコが廊下を覗き見る。誰もいない、真っ暗な廊下。
「誰か起きていたのか」
「いえ、気のせいだったようです。それよりミツハさま」
「そう怖い顔をするな、チコ。お前の見立ては多少間違っているぞ」
新菜は自分を認めてくれる人が欲しいだけだ。間違っても、今ミツハが胸に抱えているこの感情のようなものではない。
嵐が吹き荒れたかと思った。自分の中に、嵐が吹き乱れたのだ。
新菜が涙した時。家族に罵倒され、その身をすくめた時。確かにミツハの中で感情が荒れた。
穏やかに過ごす日々だった。新菜を知るまでは、日々使命に努め、地の民を見守るだけの日々だった。地の民からの信心が薄れゆく中で、このまま天神は消えゆくのかと思った。そんな時、祈りのうたが聞こえたのだ。
湖の傍に新菜が居た。彼女が偶然あの祠にたどり着いた時、祈りの清い心がその時のミツハを救ったのだ。
新菜はぼろぼろの身なりをしながらも、祠を慰めるようにうつくしい唄を歌ってくれた。新菜の唄は聞き心地が良く、心に染みた。心に染みる、なんていう感情があったのを、この時初めて知ったのだ。
ミツハには祈りが足りなかった。偶然訪れた新菜のたった一回の祈りだけでなく、もっと多くの力が必要だった。このまま消えたら雨はどうなる。地の民はどうなる。そう危惧していたところへ、新菜のうたが染みた。
命を、永らえる為。
それは、ミツハが最初に新菜に望んだこと。
「……、……っ」
さあ、と頭に冷水を掛けられたように平静になっていく。そもそもミツハにとって一番大事なのは、まずその身を途絶えさせないこと。信心が薄くなり、その力が危うくなり、それを助ける手立てを新菜がした。それが最初。それが全て。
何を、勘違いしたのだろう。ミツハの腕がやさしかったなど、当たり前のこと。
(だって、神さまなんだもの……)
人の慈悲を与えるのは息をするがごとく、神にとっては自然な事。それは裏切られてもなお、地の民を思うミツハを見れば分かる。地の民の為に見聞きしたことを共有し、万事うまく行くように見守っているアマサトをはじめとした、あとの三柱にもそれが言える。
生き永らえれば、新しい巫女と契約を結び、使命を果たせる。新菜は名前を思い出せば、それでよい。
それだけのこと。それだけのことだ。
それなのに。
(どうして、最初から分かっていたことが、こんなに苦しいの……)
胸が苦しいと。
振り向いてもらえないことを思うだけで胸が苦しいのだと、使用人たちは言っていた。
今ならわかる。
新菜は振り向いて欲しかったのだ。ミツハに。
ミツハさま、ミツハさま、ミツハさま!!
心が叫ぶ。苦しい。息も出来ない。
痛い胸をぎゅっと押さえて、新菜はその場を後にした。廊下に襖の閉まる音がして、チコが廊下を覗き見る。誰もいない、真っ暗な廊下。
「誰か起きていたのか」
「いえ、気のせいだったようです。それよりミツハさま」
「そう怖い顔をするな、チコ。お前の見立ては多少間違っているぞ」
新菜は自分を認めてくれる人が欲しいだけだ。間違っても、今ミツハが胸に抱えているこの感情のようなものではない。
嵐が吹き荒れたかと思った。自分の中に、嵐が吹き乱れたのだ。
新菜が涙した時。家族に罵倒され、その身をすくめた時。確かにミツハの中で感情が荒れた。
穏やかに過ごす日々だった。新菜を知るまでは、日々使命に努め、地の民を見守るだけの日々だった。地の民からの信心が薄れゆく中で、このまま天神は消えゆくのかと思った。そんな時、祈りのうたが聞こえたのだ。
湖の傍に新菜が居た。彼女が偶然あの祠にたどり着いた時、祈りの清い心がその時のミツハを救ったのだ。
新菜はぼろぼろの身なりをしながらも、祠を慰めるようにうつくしい唄を歌ってくれた。新菜の唄は聞き心地が良く、心に染みた。心に染みる、なんていう感情があったのを、この時初めて知ったのだ。
ミツハには祈りが足りなかった。偶然訪れた新菜のたった一回の祈りだけでなく、もっと多くの力が必要だった。このまま消えたら雨はどうなる。地の民はどうなる。そう危惧していたところへ、新菜のうたが染みた。