*
宮に帰った新菜は、鯉黒に仕事が途中だったことと片づけを任せてしまったことを謝罪した。鯉黒は相変わらず無表情だったが、お前には必要な事だったんだろう、と言って新菜に背を向けた。
「あの……っ、明日からはまた真面目に働きますから……っ」
遠のいてしまう鯉黒の背にそう訴えると、好きすると良い、と言ってその姿は宮に消えた。
良かった。拒絶されなかった。
ほっとして新菜も宮に戻る。明日からまたいつも通りの日々が続くのだと思うと、安心感が大きい。鯉黒に謝罪を受け入れてもらったことに安堵していると、廊下の向こうにミツハの姿を見つけた。
改めて遠目で見ても、本当に美しい人だと思う。神さまなんだから当たり前なのだろうけど、その美しさは尋常じゃない。美しく光る細い銀の髪。鼻筋が通っており、蒼い目は神秘的だ。横姿だから分かる、胸板の厚さ。動く着物の袖の皴からわかる、しっかりとした筋の張った腕。
あの胸に抱きしめられたのかと思うと、今更ながらに恥ずかしくなる。しかも二度も! その上あの胸の中で安堵したなどと……! 我に返ってみれば恐れ多いことだし、人間としての魅力のない新菜があのミツハに抱き締められて喜ぶなどと、正気の沙汰ではない。いよいよ巫女として道理に外れる気持ちを持ってしまったのだろうか。ミツハの行動を思い出して熱を発してしまう。
(お慈悲! そう、ミツハさまはおやさしいから!!)
赤くなった顔で茶が沸かせそうなくらい、顔が熱いし、体も熱い。熱でも出たのだろうか。体は丈夫だと分かっているけれど。明日の朝も早い。新菜は床に就くことにした。
それでも昼間の動揺からか、なかなか寝付けず、新菜は水を貰いに部屋を出た。廊下に出ると、奥にあるミツハの部屋から明かりが漏れている。まだ起きているのだろうか? 今日は新菜を探して走り回ったのに疲れていないのだろうか、と思い、その場から動けずにいると、杯(さかずき)を持ったチコがミツハの部屋に入っていくのが見えた。
(……お酒……? ミツハさまも眠れないのかしら……)
この宮に来てからミツハが酒を飲むところを見たことがない。自分が慌てさせてしまった所為だったら申し訳ない。もう一度謝りに行こうと思い、ミツハの部屋の前まで来ると、ミツハはチコと話をしている様子だった。直ぐに立ち入ることが出来ず、その場で聞いてしまう。声は静かなものだった。
「ミツハさま……。いつ、新菜さまにお伝えになるおつもりですか……」
「分かっている……。分かっているのだよ、チコ……」
「今日、下界からお帰りになったご様子を拝見して、新菜さまはミツハさまにお心を傾けておられるように思いました。でしたらなおのこと」
「永らえるためだったと、言わねばならない。そう言いたいのだろう、チコ」
宮に帰った新菜は、鯉黒に仕事が途中だったことと片づけを任せてしまったことを謝罪した。鯉黒は相変わらず無表情だったが、お前には必要な事だったんだろう、と言って新菜に背を向けた。
「あの……っ、明日からはまた真面目に働きますから……っ」
遠のいてしまう鯉黒の背にそう訴えると、好きすると良い、と言ってその姿は宮に消えた。
良かった。拒絶されなかった。
ほっとして新菜も宮に戻る。明日からまたいつも通りの日々が続くのだと思うと、安心感が大きい。鯉黒に謝罪を受け入れてもらったことに安堵していると、廊下の向こうにミツハの姿を見つけた。
改めて遠目で見ても、本当に美しい人だと思う。神さまなんだから当たり前なのだろうけど、その美しさは尋常じゃない。美しく光る細い銀の髪。鼻筋が通っており、蒼い目は神秘的だ。横姿だから分かる、胸板の厚さ。動く着物の袖の皴からわかる、しっかりとした筋の張った腕。
あの胸に抱きしめられたのかと思うと、今更ながらに恥ずかしくなる。しかも二度も! その上あの胸の中で安堵したなどと……! 我に返ってみれば恐れ多いことだし、人間としての魅力のない新菜があのミツハに抱き締められて喜ぶなどと、正気の沙汰ではない。いよいよ巫女として道理に外れる気持ちを持ってしまったのだろうか。ミツハの行動を思い出して熱を発してしまう。
(お慈悲! そう、ミツハさまはおやさしいから!!)
赤くなった顔で茶が沸かせそうなくらい、顔が熱いし、体も熱い。熱でも出たのだろうか。体は丈夫だと分かっているけれど。明日の朝も早い。新菜は床に就くことにした。
それでも昼間の動揺からか、なかなか寝付けず、新菜は水を貰いに部屋を出た。廊下に出ると、奥にあるミツハの部屋から明かりが漏れている。まだ起きているのだろうか? 今日は新菜を探して走り回ったのに疲れていないのだろうか、と思い、その場から動けずにいると、杯(さかずき)を持ったチコがミツハの部屋に入っていくのが見えた。
(……お酒……? ミツハさまも眠れないのかしら……)
この宮に来てからミツハが酒を飲むところを見たことがない。自分が慌てさせてしまった所為だったら申し訳ない。もう一度謝りに行こうと思い、ミツハの部屋の前まで来ると、ミツハはチコと話をしている様子だった。直ぐに立ち入ることが出来ず、その場で聞いてしまう。声は静かなものだった。
「ミツハさま……。いつ、新菜さまにお伝えになるおつもりですか……」
「分かっている……。分かっているのだよ、チコ……」
「今日、下界からお帰りになったご様子を拝見して、新菜さまはミツハさまにお心を傾けておられるように思いました。でしたらなおのこと」
「永らえるためだったと、言わねばならない。そう言いたいのだろう、チコ」