「この首飾りには不思議な力があるのですね」

新菜が鱗珠を見ながら言う。

「それは私の鱗で作った玉(ぎょく)だ。これがあれば私に直接声が聞こえるし、私もこれを依り代として宮の外でも現身を取ることが出来る。もともと君に救ってもらった時に、何かあったらこれで私を呼ぶようにと渡した礼の品だ。君が有効活用してくれると嬉しい」

そんな大切なものを貰っていたなんて知らなかった。新菜はそっと首飾りを懐に仕舞うと着物の上からふわりと触れた。鱗珠のぬくもりが伝わるようで、安心できる。

「ミツハさま、こんな大層なものをありがとうございます。これがなかったら私、お約束を破ってしまうところでした」

ミツハの為に巫女になるという約束を、破ってしまうところだった。

「気に病むな。あのようなことがあっては、君も冷静で居られないことは私にもわかる。今、君がこうして目の前に居てくれるのだから、それで良い。だが私にも落ち度があった。あの娘にきちんと言っておかねばならなかったが、そのことで君が傷付いていたら申し訳ない」

やさしい心遣いに心がほぐれていく。いつだってミツハは新菜を支えてくれる。それがどんなにありがたいことか、新菜は身に染みて感じている。

「……そう言えば、天帝陛下もミツハさまの方を一瞬ご覧になられましたね。偶然ですか?」

「いや。帝にも神を視る力がある。帝は神と地の民を繋ぐ支柱のような位置にあるからな。創世の時代に神と人の子の間に生まれた子供が、最初の帝だ。帝の家系は人間同士で交わって繋いできている為に、今の帝は最初の帝よりも私たちを視たり聞いたりする力が失われている」

そうだったのか。巫女以外にも神を視、声を聞く力を持つ人が居るとは知らなかった。

「天神も力を失いつつある。帝の力も弱くなっている。どんどん神の声が人に届かなくなっているんだ。鈴花も必死なんだろうが、もともと巫の血を引かない娘だ。あの娘の声には我々神を呼ぶための力がない。ヤマツミとナキサワがどうして契約に応じたのか、理由が分かるが、それが本心かどうかは疑わしい」

ふと、以前チコが語った、ミツハが寂しく過ごしていた『十余年』のことを思い出した。もしかして、母が亡くなり、巫の血を引かない鈴花が舞っていた十余年のことを言っていたのだろうか。

「……神さまと契約するには、巫の力が必要なのですか……?」

「そうだ。言葉を違えない巫としか、契約しない。だが、地の民に雨を滞らせるわけにはいかなかった。過去にもそうした祈りはあったが、あの娘に関しては大層耳障りな声で、応じるのも苦痛だったよ。ヤマツミとナキサワが鈴花の舞に応じたのは、私が契約しなくなってからだから、彼らも思うところはあるのだろうが……」

難しい顔をするミツハに、頭の悪い新菜が掛ける言葉も見つからない。困っていると、気付いたミツハがふっと笑って、まあいい、と新菜の頭をポンと撫でた。

「今日は難しいことを考えるのは止めよう。疲れただろう、宮に帰ろう」

ミツハはそう言うと、新菜を抱えて下界を後にした。