「お前の声など、本当は聞きたくなかった。私にはもう新菜の声しか要らない。今後は無駄な努力は止めて、畑でも耕すがよい」

ミツハの冷たい言葉の刃に、鈴花が顔色を変える。手が戦慄き、ぶるぶると震えている。

「どうして! どうしてお義姉さまなのです!! 私は神薙である父から全てを教わりました! 必至で練習もしました! 以前はわたくしと契約してくださったではありませんか! 何故今、ミツハさまのお声だけ賜れないとおっしゃるのでしょうか!?」

「お前の声は煩いだけだ」

鈴花の叫びをすっぱりと切り捨てて、ミツハは新菜を伴って御前の奥に帰ろうとする。義妹の必死な様子に耐えられず、新菜が鈴花に歩み寄ろうと前へ出る。

「す、鈴花……。わ、私が……、私が悪いの……。私が……」

しかし、新菜の言葉を遮り、二人から罵声が跳んだ。

「お前が湖に沈まなかったから、まだ雨が降らない! お前はお役目を何だと思っているんだ!」

「どうやってミツハさまに取り入ったの!! 哀れな振りをして同情を買うしかなかったんでしょう! 神さまは哀れな娘を見捨てておけない御慈悲のある方ですもの!」

二人からの罵りを受けて、なおも言葉を続けようとした新菜を、ミツハが背に庇った。まるで、二人の言葉の刃から新菜を守るみたいにして。

「…………っ」

そうされると、ここで新菜が更に言葉を続けるのは間違いのような気がしてくる。そして、話を聞こうとする素振りも見せなかった二人を前に、新菜には長く一緒に暮らした家族に対して、悲しい想いが込み上げた。

わたしは、この人たちの中で、これっぽっちの価値もないの……。

改めて突き付けられて、今までの人生が蘇る。一生懸命天雨家で生きていた日々。あれらは全てないものだったのか……。

家族から突き付けられた憎悪は、新菜をひどく傷つけた。なまじやさしさを知ってしまったからだったのかもしれない。天雨家に居た頃なら耐えられたであろう傷が、今の新菜には耐えられなかった。

「……ごめんなさい……っ!」

家族に対して悲痛な謝罪をすると、新菜はミツハの手を振り切って、その場から走り出した。辛い場面から逃げ去りたかった。ただ自分の保身だけを考えた行動だった。

「新菜……!」

新菜の走り去った先を見失ったミツハは、ギッと二人をねめつけ、そしておもむろに腕を振って神力を揮った。パシンパシンと電流のような衝撃がその場に放たれ、泰三と鈴花はその衝撃に跳ね飛ばされた。ミツハの見えない父親は突然のことに仰天で腰を抜かし、鈴花は恐ろしいものを見る目でミツハを見、そして悔しそうに唇を噛んだ。

力を揮ったあとは二人のことに構わず、ミツハは広い御殿の中を、新菜を探し回って走る。天神であるミツハは自らの分身のある場所と、この祈りの宮がある御殿からは動けない。天神は天から民を見守る役目としてその身を定められており、現身でおいそれと地の民に姿を見せることは出来ないのだった。

「新菜! 新菜、何処にいる!!」

少女の脚で駆けてもそれほど遠くには行ってはおるまい。そうは思っても、再会してからずっと共にいた新菜が傍らに居ないことは、ミツハに喪失感を与え、ひどくもどかしい思いにさせた。ミツハはやみくもに探すことを止め、その場に立ち止まると脳裏を辿った。祈りの場である御殿の中では、ミツハもその力が使える。果たして脳裏に映ったのは、御殿の庭へ出て更に外に駆けだそうという新菜の姿だった。

外界に出られていたのか。この身で探しても行き当らない筈だ。ミツハは心の中で新菜に呼びかける。其処から動くな、と。迎えに行く、と。