新菜が泣き止むと、ミツハは丁度いい、と言って新菜を湖の傍から誘(いざな)った。やはり抱き上げられてふわりと体ごと浮けば、軽々と宙を飛び、見たこともない立派な御殿の中に舞い降りた。舞い降りた場所から見える景色は広い六角形に区切られた柱と床、そしてその周りを取り囲む帳で暗く、一か所だけその帳が左右の柱にゆったりと結ばれているところに背の高い立派な椅子が置いてあった。その椅子には人が座っており、苛立った声を上げていた。帳が開かれた先は広間のようだった。煌々と明かりがさしており、鈴の鳴る音が聞こえた。

「ええい! 天雨神さまのお声を賜れないのでは話にならん!」

「お待ちください、陛下! 鈴花は今、沢の神、泉の神にも呼び掛けておるところです。一年を通じて安定した雨とはなっておりませんが、嵐や長雨などの作用もございます。水の供給は……」

狼狽した声は父・泰三の声だ。怒鳴っているのは天帝らしい。鈴の音が鳴っているという事は鈴花もそこに居るらしい。

「馬鹿者! 嵐で山が崩れ、川が溢れ、民の暮らしが脅かされておる! 長雨で作物の実りに影響がある! お前は広い目でものを見ることが出来ぬのか!!」

「し……っ、しかし、我が家の役目は水の確保……。川の氾濫については鈴花に神と契約させましょう。山崩れは土の神、作物は木の神にそれぞれお願いできませんでしょうか……」

「陛下、わたくしからもお願いでございます……。わたくしが神の声を聞く力は備えていることは、今までの天雨神さまとの契約の実績、それに堤の神、井戸の神をはじめ、様々な末の神と契約できていることで証明できているかと存じます。我が家の古書を開いて、天雨神さまのお声を再び賜る方法を紐解きます。しばし……、今しばらくお待ちいただけませんでしょうか……」

しゃん、と鈴を置く音がして、鈴花の必死な声が聞こえた。鈴花のこんな焦った声は初めて聞く。新菜が湖の傍でミツハに会ってから、彼が宮から出たところを見たことがなかったが、本当に鈴花に応えてないのだと分かった。

「ミツハさま……」

本当に水に困るこの国を捨て置くつもりなのだろうか。それがミツハの受けてきた傷を癒す唯一の方法なのだろうか。途方に暮れて隣のミツハを見上げれば、ミツハは新菜の背に手を当て、ゆっくりと前へ歩みを進めた。……そう、御前舞をしていた鈴花の前へ……。

帝は突然現れた新菜に驚いた様子をしたが、視線がミツハに向くと、鈴花を見た。鈴花と泰三は突然現れた新菜、そして鈴花には見えているのか、ミツハにも驚いていた。

「お義姉さま!」

「新菜、お前……!! 湖に沈んだんじゃなかったのか……!?」

驚愕する二人の前へ、ミツハが一歩歩み出た。

「そこの父親は聞くことが出来ぬだろうが、既におぬしが私の『声』を聞くことが出来ないという事は、今この場ではっきりと言っておく。舞うだけ無駄だ。書物を開いても解は出ない」

冷たい声、鋭い眼差しが鈴花に向けられる。しかし鈴花は歓喜の表情を湛えてミツハに訴えた。

「ミ……、ミツハさま! お懐かしゅうございます! 鈴花です! 今、ミツハさまのお声が聞こえております!! 今、舞を舞えば、わたくしと再び契約してくださいますか!?」

鈴花の、聞こえている、と言う言葉に泰三は表情を喜びに変えた。そして天帝に請う。

「今一度……、今一度、鈴花に舞を舞わせてくださいませ!! 今、鈴花には天雨神さまが見えているようです! お声も聞こえているようです! 雨を賜れます!!」

泰三の叫びを、しかし天帝は無表情のままやり過ごした。ミツハが鈴花を言葉で刺す。