暫く後。天雨家の門前に自動車が止まって、中から白衣(びゃくえ)に朱の掛け襟、緋袴を身に着け、その上に天雨家独特の水波文様に龍の柄が入った薄い千早という斎服のままの鈴花が出てきた。見送りに頭を下げる従者を振り返りもせず、鈴花は足早に自室に戻って千早を脱ぎ捨てる。

ガシャン!

金属が床にたたきつけられた音がする。新菜が音のした方を窺うと、鈴花が楚々とした巫女服に似合わぬ苛立ちも露わにした形相で、床に投げ捨てられた神楽鈴を見つめていた。苛立ち激しい彼女の瞳は猫の目が吊り上がったように大きく、癇癪をなんとか抑えつけている口元は紅をさした唇をかみしめている。

「何故! 何故天雨神さまは答えて下さらないの!? 何もかも間違っていないわ! その上、このわたくしが、他の宮巫女に助力を請わなければならないなんて!!」

天帝の提案で、鈴花の代わりを他の宮巫女に任せてみたらしい。しかし、当然だが仕える神が違う宮巫女では天雨家の巫女が仕えるべき天雨神の声を賜ることは出来なかったようだ。自分が天雨神の声を聞けない所為で代わりが立ったことへの屈辱と、その宮巫女たちともども天帝から蔑視の眼差しで見られたことが、鈴花の怒りを更に大きくさせていた。

怒りで声を震わせている義妹に掛ける言葉もなく、新菜は立ち尽くす。今まで新菜の母が亡くなったあとを継いだ鈴花が順調に天雨神と契約をしていた筈なのに、ここ二~三年の間、それが途切れているらしいのだ。

「鈴花……」

それでも、どうしたものかと困惑しながら義妹の名を呼ぶと、その音に気付いた鈴花がギッと新菜を睨みつけた。

「なんですの!? 巫女として宮に上がったこともないお義姉さまが、まさかわたくしを憐れんでいるとでもいうんですの!?」

鈴花の言うことは全く当てはまらないので、焦った新菜は言葉を探した。

「そ……、そんなことはないです……。だって、鈴花は私とは違うのですから……」

自分に言い聞かせるようにもそう言うと、ガツン! と額めがけて神楽鈴が投げつけられた。鈴は新菜の額に傷をつけて、ガチャンと床に落ちた。

「そんな風に私に媚びを売ろうとしても、お義姉さまの魂胆は見えていてよ! 天帝陛下の御前で天啓を賜れなかった私を陰で嘲笑おうと言うのでしょう!? 今日だってなによ、この鈴! 神具は一点の曇りもなく磨かれていなきゃいけないのに、こんなに曇って!! 今日陛下の御前で恥をかいたのは、お義姉さまの所為よ! 何の役にも立たない能無しのくせに、こんな雑用すらできないなんて、お義姉さまがこの家にいる価値はあるのかしら!?」

額に当たって落ちた神具には一点の曇りもなかったが、鈴花がそう言うのなら、曇っていたという事なのだ。巫女として認められている鈴花だけが分かる、曇りがあったのだ。

「申し訳ありません……。きちんと磨けなくて……」

その場に土下座する新菜を、鈴花はギッとねめつける。どうやら何度も舞宮に上がっているのに一向に天雨神の天啓を賜れないことが、相当不満のようだった。