疲労は一日寝て、直ぐに回復した。やはりもともと丈夫なのだろう、今日も朝から庭仕事に着手出来た。本日はまず、陽が昇り切るまでに元気な雑草を蓑三つ分抜いた。それから水やり。剪定の仕方は分からないから鯉黒に任せて、新菜は剪定で切り取った枝葉の処理、と忙しく動いていた。

「いい天気ですね。木が元気に育って」

「天上界(宮奥)はすべての条件がそろっている。木が元気に育つのは当たり前だろう」

普段、淡々と作業をする鯉黒に話し掛けてもつれなく返されてしまうが、以前のように無視されることはなく、相手をしてくれるようになった。それに、天雨家では誰も新菜の言葉に返答してくれなかった。それを思うと、鯉黒はやさしいと思う。そんな些細な喜びを感じていると、宮から出てきたミツハが二人を呼んだ。

「精が出るな。少し休まないか。茶と葛を用意したよ」

ミツハは気の置けない様子で宮の窓にせり出した庇の下に腰かけ、二人を手招きする。傍にはチコが居て、盆をミツハの横に置いたから、用意した茶と葛なんだろうと思う。休憩しましょうか、と声を掛けると、鯉黒は刈込ばさみを地面に置いて、宮の方に歩きだしながらミツハに聞こえるように言った。

「ミツハさま。あまり神力の無駄遣いをされないでください。私は間食などせずとも働けます。十分な食事を頂いておりますのに」

苦言……、だろうか。鯉黒の言葉に、それでもミツハの笑みは絶えない。

「鯉黒、そう言うな。君が根気強く働いてくれたおかげで、私は美しいと思う心を得ることが出来た。君への感謝だと思ってくれ」

「それはこの方が居られたからでしょう。私の手柄ではございませんよ」

やれやれ、とでも言いたそうな鯉黒をミツハは無邪気に褒める。

「いや。お前がここに来てからずいぶん経つぞ。その間、この美しい庭に何の感情も持てなかったことを申し訳なく思っているのだ。私からの礼だと思って食ってくれ」

にこにこにこ、と。

今まで見せてこなかったような、明るい笑み。肩の荷を下ろしたようなその笑みに鯉黒が、変わられたなあ、とぽつりと言った。

そう。ミツハが少し変わった。

新菜の気のせいかと思ったら、鯉黒もそう言うのだから間違いないのだろう。

湖の傍で会った時のような、新菜に対する必死さが和らいでいる気がする。何故、新菜を嫁に迎えたいなどと思うのかはまだ分からないが、新菜が宮奥に慣れてきたからだろうか。下界へ行っても、ナキサワの手は借りたが、ちゃんと宮奥に戻ってきたことで、ミツハは新菜が宮奥で生きていくことを決めた、と理解したのかもしれない。

湖の傍でした会話を思い出す。新菜に恋をしたのだと、ミツハは言ったが、今日までミツハと共に過ごしてきて、ミツハの言う『恋』については分からないままだ。

そもそも天雨家の使用人たちが頬を染めて語っていた『恋』とは、相手にかなり傾倒し、心の余念が奪われているような状態で、ミツハの理屈、つまり『命を新たに与えた相手が清き心の持ち主だった』から新菜に恋した、というのはちょっと外れていると思う。今までの接し方だって、言葉の上では恋だったが、態度はどちらかというと『庇護』だった。