「ミ……、ツハ、さま……」

どきん、どきんと心臓が走る。嫌な汗を、手に握った。一方ミツハは少し寝ぼけた様子で、体調はどうだ、と新菜のことを気遣ってくれた。

「だいぶ頭の痛いのは取れました。ミツハさま、ずっと撫でていてくださって、ありがとうございます」

新菜がそう言うと、手を額に当ててくる。まだ熱があるな、と難しい顔をして体を起こすと、両手を丸く合わせ、その中に輝く果物を作り出した。……神力で作られた林檎だ。新菜たちの毎日の食事はこうやってミツハが作ってくれているのだと知る。

「朝に少し食べただけなのがいけないのかもしれないから、少し食べなさい。切ってあげよう」

そう言って手を刀のように使って、輝く林檎をするりするりと切っていく。そうしてその一つを手に持って、ミツハが新菜に差し出した。

「ほら、口をあいて」

薬湯の時と同じく、食べさせてくれるらしい。恥ずかしいのをこらえて、口をあく。しゃくりと食めば、甘い果汁が口の中に広がり、頬が落ちそうなくらいに美味しい。目を輝かせて、美味しいです、と伝えると、それはそれは嬉しそうにミツハが目を細めた。

「君がこんなことを許してくれるのなら、無理を強いてしまったことも悪くはないな」

幼子にするようにそう出来たことを、口の端を引き上げて喜ぶから、さっきのやましい気持ちが照らされて恥ずかしかった。顔を下げると、ミツハが気遣ってくれる。

「どうした。母親が恋しくなったか」

「え、母ですか? いえ、今は……」

唐突な問いに面食らった新菜の返事に、ミツハは変な顔をした。ん? とでもいう疑問顔だ。

「君は母親のような巫女になりたい一心で、生きてきたのだろう? さっき寝ているときに、君は母親を呼んでいたよ。下界に未練があるのかと思ったが……」

「い、いえ! た、確かに母を尊敬しておりますが、ミツハさまにはかないません。今、私は、母のように舞いたいのではなく、ミツハさまの為に舞いたいのです」

そうだ。ミツハを救い、ミツハの為に舞いたい。

自分の気持ちをしっかり持ってミツハの目を見ると、ミツハは目を瞠った後、ややあって弱い笑みを浮かべた。

「ふ、それは頼もしいな。私もそれを待っているよ」

そう言って頭を撫でてくれる。新菜はミツハの言葉にこくりと頷いた。ミツハが求めるように名を思い出し、舞を舞って、地の世界に雨を降らせること。鈴花が契約できない今、新菜に求められているのは、それが全てだった。