零れた涙に額を撫でていた手が止まる。熱に浮かされた新菜が、母親を呼んだ。幼くして別れたという母親を、新菜は敬愛し、まだ胸の内にある子供の心で拠り所にしているのだろう。下界に頼れるものはなく、母親が居たことをその身で証明することだけが、新菜の支えだったのだと思う。ミツハを慕ってくれるのだって、母親が果たした宮巫女の仕事を誇りに思っているからだ。
(分かっているよ)
発熱による無防備なその姿をさらすことに抵抗を覚えないのは、いくら看病を口実にしたとはいえ、ミツハを恋慕の目で見ていない証拠。だからミツハも急がない。時間をかけ、新菜が自然に花開いてくれることを願っている。それまでは母親代わりでもなんでも勤めようじゃないか。人の子である新菜の人生に介入した、せめてもの罪滅ぼしに。
口の端が歪み、耳の奥に新菜の唄が蘇る。この罪も、浄化(ゆる)されるのなら、これ以上のことはないだろうに。
ひふみ
よいむなや
こともちろらね
しきる
ゆゐつわぬ
そをたはくめか
うおえ
にさりへて
のます
あせゑほれけ
(新菜。君はそれでも、私の為に唄ってくれるかい?)