恨みの渦を払った翌日の朝。新菜は体が重だるいことに気が付いた。朝餉を食べるために部屋に集まると、配膳をしてくれたチコに体調を問われた。

「お疲れですか? 眠れなかったのでしょうか。昨日お怪我をされましたから、疲労が残っているのかもしれませんね」

「睡眠はきちんと取りましたが、少し体がだるくて、あと頭も少し痛いです。でも動けないことはないので、食事を頂いたらお仕事します」

チコに笑顔で返すと、正面に座っていたミツハが無言のままぬっと腕を差し出してきて、額を大きな手で覆われた。

「む。新菜、熱があるぞ。頬も赤い。昨日の怪我の所為か」

「え」

ミツハが顔をしかめて言うのに驚いた。発熱など子供の時以来だ。母が亡くなってからは、熱ごときで仕事を休むことは許されなかったし、仕事を言いつけられていたからあの家に居られたわけなので、小さな物置部屋で他の使用人が働く音を聞いてそわそわするのも嫌だった。役立たずが存在してはいけないと、身に染みて分かっていたからだ。

「食事を食べたら、部屋で寝ていなさい。あとで薬湯を届けよう」

ミツハの言葉に慌てる。頭が少し痛いくらいで、仕事を休むわけにはいかない。鯉黒にだって、迷惑を掛けてしまう。

「大丈夫です、ミツハさま。天雨家でも微熱ごときでは休みませんでしたし、そもそも私、丈夫なんです。ミツハさまのお力のお食事を頂いたら、直ぐに治ります」

新菜は笑顔でそう言ったが、ミツハがジトッとした目で見つめてくる。

「……昨日、君のおかげで、長く奥の池にあった恨みが祓われて、私も身が軽くなって嬉しいんだ。しかし、私を長く苛んでいた怨念を祓うのには相当体力を要しただろう? ましてやあの怪我だ。つまり、君のこの熱の原因は私だ。君を看病する責任が、私にはある。いい子だからここは聞きなさい。悪化したら私は悲嘆に暮れてしまう」

切々と訴えてくるミツハに、それでも大丈夫です、と言い返す元気が、今日の新菜にはなかった。やはり少し熱で思考も萎えているらしい。新菜は素直に従って、食事を半分ほど食べ終えると宛がわれた部屋に戻った。

丸い窓からは陽の光がさんさんと部屋の中に届き、やはり天雨家に居た時と同様、陽のあるうちに布団に入ることに罪悪感を覚える。たかが労働したくらいで熱を出してしまうなんて、ミツハにやさしくされて、たるんでいるんだわ、と自分を叱咤した。

「新菜、入るぞ」

襖の向こうからミツハの声が聞こえて、新菜は寝巻の襟元を正した。するりと襖を滑らせて室内に入って来たミツハは、手に盆を持ち、その盆の上には深めの湯飲み茶碗が載っている。ミツハは襖を閉めると、布団の上に上体だけ起きていた新菜の傍に膝をつき、盆を置くと薬湯の入った湯飲み茶碗を差し出した。受け取ろうとすると拒絶される。

「? ミツハさま?」

「飲ませてやる。口を少し開けられるか」

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