パシン! と、返答の代わりに市子が持っていた木の棒で頬を叩(はた)かれる。新菜はその勢いに、這いつくばっていた体を横に倒した。

「こんなに長い時間をかけて、なんです、この仕上がりは! こんな曇った神具で鈴花に舞を舞わせようというのですか!? 泥棒猫の血筋はただ飯ぐらいをすることしか出来ないのですか!?」

「い、……いいえ……。わたしが至らず、申し訳ありません」

口内に鉄の味がにじみ出てきたが、なんとか謝罪の言葉を口にした。頬を叩かれたときに、口の中を切ったのだろう。しばらくしたら治ると思い直し、もう一度市子に頭を下げる。

「全く、なにも満足に出来ないなんて、ごく潰しもいいところね!」

「もうしわけありません」

お義母さまは、今日こそ鈴花に成果を出して欲しくて、苛立っているんだわ。鈴花が舞宮に上がった時は、いつもそう……。

分かっているから、口答えはしない。新菜に巫の力があればまだ違う行動が出来るだろうが、残念ながら新菜にはそれを確かめる術がない。力を確かめようのない新菜を、ただ飯食いとして天宮家に置いてもらっている恩を、なによりも鈴花の為に、そしてそれを待ち望んでいる市子の為に尽くさなければならなかった。自分がそうなろうとは、思ったことはない。しかし。

幼い記憶を思い出す。巫として立派に舞っていた母親の姿だ。新菜はあれ程美しい巫女舞を見たことがない。その母親も十二年前に亡くなった。以来、亡くなる前の母親の言葉を忠実に守って、新菜は言葉を選んで生きている。

(お母さま。私はお母さまがお使いになった言霊の力が怖い……。お母さまが命を賭して私に言葉をくださったようなことを、私もしたいと思う時が来るのでしょうか……)

古い着物の袷から、いつの頃からかお守りにしていた首に掛けた小さな首飾りにそっと触れる。母に問うた問いの答えを空(くう)に求めたが、そこには何も答えはなかった。