贄となる娘は、恐怖の真っただ中を心うつろに彷徨っていた。
(ああ、遂に私の命はついえるのね……。私が何をしたというの……。ただひたすら、神さまのお役に立つよう、努めてきただけじゃない……)
嘆きの淵に居る娘の心の中に、ヤマツミの声がこだまする。
『娘よ……。おぬしがうら若くして水に沈まねばならぬのは、全て天雨神さまの所為……。地の民から祈りを受けながら、何度もその責を放棄した、ミツハ殿の所為じゃ……』
娘は囁かれたヤマツミの声に驚きながらも、そうよ、そうだわ、と呟いた。
(あねさまも私も、祈りを欠かしたことなんてなかった。村の人たちだってそうに決まっているわ。そうでなければ、天雨神さまに縋る為に私を沈めようなんて思わない。神さまに頼るしかないのに、お慈悲を下さらなかった天雨神さまが悪いんだわ……)
ヤマツミの使嗾(しそう)に心をどす黒く染められてしまった娘は、バン! と開いた扉の外に立っている村長と天雨家の神薙である自分の父を見つけた。
「お父さま……」
最後の望みを掛けて娘が助けを求めても、父親は辛そうに目をつむるだけである。父親と一緒に来ていた天雨家の神官が重々しく口を開いた。
「月が天に昇った。儀式の刻限である」
神官がそう言うと、村人が娘の手を後ろ手に縛り、娘は村人に引きずられて神官と共に池の傍に連れてこられた。沢山のたいまつを掲げて、村人たちが総出で娘を迎えている。……いや、自分がきちんと沈むのを確かめるためにここに来ているのだ。
ぞっと娘の背筋を詰めたいものが走る。父の目に映っていることを知っていながら、本能的に逃げるために足が動いた。
「おい! 逃げるぞ!」
「とらえろ!」
「沈めてしまえ!」
数歩横へ走ったが、直ぐに大きな村人たちに押さえつけられ、捕らえられる。そうして大男に担がれると、神官が同じ小船に乗り、池の中央まで運ばれてしまった。神官が天雨神に祈りを捧げている間、娘は恐怖に眼前を暗くし、この行為を強いた神を呪った。
「お恨み申し上げます……、お恨み申し上げます……、天雨神さま……。私の命はこんなところで終わる筈じゃなかった……。あねさまは華々しい宮巫女としてご活躍されているのに、あねさまと私の命の何が違うというのでしょう……。お恨み申し上げます、お恨み申し上げます、天雨神さま……、お恨み申し上げます……」
恨みを呟いている娘を、大男が船の上で担ぎ上げた。
「沈めよ!」
「せいっ!」
呪詛を唱えながら、娘が沈んでいく。新菜はこの行いを止める術を持たず、池の傍からかつての自分を見つめてしまった。