「ミツハ。ようこそ来たわね」

「アマサト、元気のようで良かった」

アマサト神は深紅の衣(きぬ)に内衣(ないい)を合わせ、裙(も)を履き、紕帯(そえひも)を締め、領巾(ひれ)を肩から掛けた古式ゆかしい装束に身を包んでいた。黒く豊かで長い髪を背中の真ん中で緩く結わえており、口許の笑みを崩さない。新菜を見ると、にっこりと微笑むものだから、天神の一柱かと思うと新菜は畏まって俯いた。

「あらあら、かわいいお嬢ちゃん。ミツハ、この子があなたの巫女姫なのね?」

「そう、新菜と言う名だ。私に新しい命を与えてくれた」

そう紹介されて、新菜はアマサトに頭を下げた。

「あら、じゃあこの子がミツハの恩人さん?」

「そうだ」

ミツハが言うと、アマサトは、そうなの、と慈愛の眼差しで新菜を見た。

「ミツハが永らえるなら、地の民は幾分か過ごしやすいでしょうね。その為のあなたの代償が大きかったようだけど」

代償、と言われて、おそらく記憶のことなのだろうな、と思った。しかし、ミツハがそのことを言っていないのに、何故アマサトはそのことを知っているのだろうか。

「視たね、アマサト」

「視たわよ。私たちはそれぞれ個だけど、地の民の為に多くを共有するわ。あなたが私の所に来たのも、他の三人への伝言も兼ねているのでしょう?」

言い当てられた、とばかりにミツハが肩をすくめた。成程、天神たちの連携ぶりが見えるようだ。

「その通りなんだ、アマサト。人に近しい君の言葉なら、他のみんなも聞くと思う」

「分かったわ。この子の為にも、この件に関しては私が取り次ぎましょう。千年以上も途絶えていた行為ですもの、ミツハが慎重になるのも当然ね。でも、あなたが神嫁を迎えることで下界との関係が安定するならそれに超したことはないわ」

「ありがたい。アマサトが居てくれれば、これほど力強いことはない」

「ふふ、おだてたってなにも出て来やしないわよ」

ぽんぽんと跳ぶ軽口が、この二柱の仲の良さを示していた。羨ましい。新菜にはこんな風に軽口を叩ける相手が居たことがない。

「ところで黙ったままのお嬢ちゃん。あなたの義妹、帝の請われて一生懸命舞を舞ってるけど、それについてはどう思うの? 彼女もミツハと契約できてないけど、あなたも契約できてないのよね?」

アマサトの言葉にハッとする。

「神嫁になれるのは、契約した巫女姫だけ。あなたがミツハの傍に居たいと思うなら、まずミツハと契約することを考えなさい」

目の前のミツハのやさしさに有頂天になって、問題の根本を忘れていた……。恥ずかしくて顔があげられない。やみくもに役目を求める前にまず、考えなければならないことだった。

ミツハが背に手を添えて励ましてくれるが、やさしさに甘えてばかりいてはいけない。恥ずかしさを跳ね除け、くっと奥歯を噛み、腹に力を入れる。

「……思い出します。……ミツハさまのお名前を」

ミツハの傍に居て、ミツハを救うために。

アマサトが満足げに微笑んだ。