「ミツハさま。私先ほどナキサワさまとお話した時に、失敗してしまったようなのです……。申し訳ございません……」

緊張しながら頭を下げると、ミツハはチコから詳細を聞いたらしく、ああ、いい、と微笑んだ。

「些細なことだ。新菜が気にすることはない」

そう言って新菜の頭を撫でてくれた。

「それより、ナキサワの誘いをきっぱり断ってくれたことの方がよっぽど私は驚いた。君は否と言えない性格だっただろう?」

ハッとした。今まで誰に対しても否、と突き通したことがなかった。母のことを侮辱されたときも、義母の強い言葉の前に項垂れてしまったのだ。それなのに。

「……気づきませんでした……。私、ミツハさまのお役に立ちたい一心で……」

呆然という新菜に、ミツハは笑った。

「はは。君はまるでさなぎから脱皮しようともがく蝶のようだな。私を思ってくれる美しい心を本当に嬉しいと思う。しかし新菜、無理に変わろうとしなくても良いのだよ。君はまだ自由になって日が浅い。これからどんどん自然に変われるだろう。その移ろいを間近で見ることもまた、私の楽しみだと知ってくれたら嬉しい」

穏やかに言うミツハに、新菜は最初にミツハに会った時からずっと思っていたことを言葉にした。

「……どうしてミツハさまはそこまで……私をお傍にと思われるのでしょうか……。私はミツハさまとお会いした時のことも覚えておりませんし、ミツハさまのお役に立ててるとも思えません……。ミツハさまが私をお引き立てになる理由が恋だからというだけでは、私には理解できません……」

新菜の言葉にミツハは苦笑した。しかし、新菜の気持ちは理解してもらえたらしい。ミツハは新菜の手を取ると、庭に出た。

「チコが、考え事をするなら、部屋に閉じこもっているよりも、外で景色を眺めながら考えた方が良い案が思いつくと言っていたのだ」

そう言ってミツハの部屋から出た庭は美しい日本庭園だった。築山に配された木斛をはじめ主たる樹木は、松、桜、楓、辛夷(こぶし)などの樹木に加え、低木に躑躅(つつじ)、南天、紫陽花、小手鞠、連翹(れんぎょう)、萩が植わっており、四季折々の花々が満開だった。この状態は地上ではありえず、天上界の百花繚乱とはこのことか、と新菜は思う。

「鯉黒が手入れしてくれている庭だ」

せんだって鯉黒と会ったところからはここまでの絶景は見ることが出来なかった。遠近の加減で、大部分が宮の建物の陰になっていたのだ。

広さも広大で花々の楚々たる雰囲気も大変上品だ。そもそも比べるなと言う話だが、天雨家の庭と比べても天地の差だ。新菜はいっとき庭に見とれてうっとりとため息を零した。

「とても……、綺麗ですね……。静けさも相まって、此処に居たら、家でのことを忘れられそうです……」

新菜の言葉にミツハは、そうか、と言って微笑んだ。

「この景色は新菜にとって、美しいのだな。……しかし私は今までこの庭を、美しいと思ったことがなかった。そうだな、鯉黒」