「お久しゅう。ミツハ殿」

「今、伺うところです」

老人は長い白眉に長い口髭と顎髭。はしばみ色の眼光鋭く、腰も曲がっておらず、しゃんとしていて、茶の着物を着て足取りもしっかりと歩いてくる。青年は快活そうな断髪できりりとした眉の美丈夫で、此方に手を振っている。緑青(ろくしょう)色の着物が深い緑の眼差しによく合っている。彼らが歩いてくるのを見つけたミツハは、やはり小さく舌打ちをした。二人、とりわけ老人の方がミツハの後ろに居た新菜を見た。老人の視線につられて、青年も新菜を見る。

「おお、そちらのお嬢さんが噂の少女かの」

「ミツハさまが花嫁を迎えられたと聞いて、我ら、祝いにはせ参じましたところです。やあ、これはかわいらしいお嫁さんだ」

ミツハは二人から新菜を庇うように背の後ろに隠した。何か粗相をしただろうか。そう思っているとやはり固い声でミツハが二人に向き合った。

「我が巫女姫は宮に来て間もない。水宮(ここ)ではなく六角宮でなら話を聞こう」

ミツハが雲の橋を渡って六角宮に向かって歩き出すのを、老人が止める。

「つれないことを言わんでくれ、ミツハ殿。我らは花嫁殿に会いに、わざわざ地の世界から上がって来たようなものだ」

「そうですよ、ミツハさま。このようにかわいらしい方を独り占めとはずるいです」

そうした押し問答の末、結局二人は水宮に入ることに成功した。ピリピリした雰囲気を隠しもせず、ミツハは二人を応接間に通すことを許した。茶を出す仕事をしたかったが、ミツハが傍を離れることを許さなかった為、新菜は今、座敷でミツハの隣に座っている。ホッホ、と気の良い笑いを漏らしたのは老人であるヤマツミだ。

「ミツハ殿。我ら花嫁殿を取って食うたりせぬ故、まずは安心して欲しい」

「鈴花を姫としたおぬしらが新菜に何をするか疑心になっても、やむないことだと思うが」

ミツハの言葉で、この神さまたちが鈴花に『声』を聞かせている神さまなのだと知る。

「我らはミツハ殿が鈴花に応えなくなってから貴殿の代わりに地の民を支えてきた、同じ水の神族ではあるまいか。そのように思われるのは、まことに心外」

「そうですよ、ミツハさま。雨が降らなくなって、地の民は非常に困っております。僕たちが力を合わせて地の民をお守りしますから、ミツハさまには早く花嫁殿と契約を結んで、雨を降らせてほしいですね」

二人の言葉に、しかしミツハは怒りで拳を震わせた。

「お前たちは鈴花が我が花嫁にした仕打ちを知って、そのような図々しいことを言うのか」

ミツハの言葉ににこりと笑ったナキサワが、いやだな、まるで悪人扱いだ、と笑いながら嘆いた。

「願われないことに我々神は関知しない。ただ我々の名を呼ぶ声に、我々は応じ、巫女姫と契約する。それだけのことじゃないですか。ミツハさまだって、三年前までは鈴花と契約していたのでしょう? 我々はそれと同じことをしているだけだ」

「鈴花は巫の血を引かんぞ」

「それでも、今、ミツハさまを呼ぶ巫女は鈴花しか居なかったでしょう。鈴花に応えなければ適正な雨は降らず、地が枯れ、もしくは水浸しになる。それを押してでもですか」

「欲しいと思った巫女姫が新菜だったというだけだ」

「鈴花と新菜さまの違いはなんです?」