チコは新菜を連れて庭に出た。

「鯉黒(こいこく)!」

鯉黒と呼ばれた、赤い頭髪を縦に立てて腰まで流している男性は、黒と朱に染められた作務衣を着ていた。丁度庭の手入れだったらしく、その手には伸びすぎて引き抜かれた草が沢山あった。大きな三白眼にじろりと見られて、新菜は居住まいを正す。

「仕事の邪魔をしてすみません。鯉黒、こちら、ミツハさまの花嫁さまであられる新菜さま。新菜さま、こちら、鯉の鯉黒です。私が宮の中で働いているので、庭は鯉国の仕事場です」

「こ、鯉黒さん。こちらでお世話になることになりました、……新菜です。……よ、よろしく」

お願いします、とまで言えなかった。鯉黒が冷たい声で、あんた人間か、と言い放ったのだ。

「は……、はい……」

恐る恐る返事をすると、鯉黒は怒りの目で新菜を見た。

「俺は人間が嫌いだ」

鯉黒は大きな目で新菜を睨みつけながら言い、さらに続けた。

「人間は自分勝手に生き物を殺生する。手にした生き物に、ちゃんとした命があることを分かってない」

「……、…………っ」

息が、つまる思いだった、鯉黒の首には真一文字に切りつけられた傷があり、彼の言葉を聞くと、それは人間に付けられた傷なのではないかと思う。そんな傷をつけた相手に、好意的になれという方が無理だというのは、新菜も分かる。

「あの……、……私が謝罪しても鯉黒さんの心の傷が癒えるわけではないと思うのですが、……あの、申し訳ありませんでした……」

新菜が鯉黒の怒りに耐え切れず謝罪すると、分かっていてそう言うのか、と更に蔑視するような言葉が放たれた。

「謝罪して自分のものでもない罪を償ったつもりか。俺はお前とは今喋っただけだが、そう言うところは嫌いだ」

ぴしりと言われてしまい、本当にそうだと思う。向けられる眼差しが厳しかったのに対し、表面で対応しようとした結果だ。

「ミツハさまが人から受けた仕打ちは、ミツハさまを悲しませた。ミツハさまを真に救わない限り、俺はお前を認めない」

鯉黒はそう言うと新菜に背を向けて、宮を壁伝いに回っていなくなってしまった。

鯉黒を怒らせたような、天雨家に居た時と何ら変わらない、人の様子を窺うような態度ではいけない。ミツハはここで新しい道を歩みなさいと言ってくれたのだから、あの家に居た頃から変わらなければならない。何よりミツハの傍に居るのなら、ミツハの為に働いている鯉黒に受け入れてもらわないといけない。

「新菜さま……」

チコが気遣ったように窺ってくる。新菜はにこりと笑ってチコに応じた。

「大丈夫です。卑下されるのには慣れておりますし、鯉黒さんのおっしゃることは尤もだと思うんです」

降ろしていた手をお腹の前で合わせて握る。鯉黒の信頼を得るにはどうしたら良いだろうか。新菜はチコに尋ねた。