ふう、と意識が湖底から浮かび上がる水泡のように覚醒した。大きな窓からは遮る雲もなく陽が射しており、ぐっすり眠ってしまったのだと知ると、新菜は青くなった。

(いけない。居候の身なのに!)

昨日寝る前の予定では、朝は早く起きてミツハの為に食事を作らせてもらおうと思っていた。でも部屋を出ると丁度チコが来ていて、食事が出来ていると告げた。

役立たず。

散々言われてきた言葉ではあるが、新菜の手を取ってくれたミツハの役に立ちたかった。覚えていない所で役に立っていても仕方がない。新菜にはミツハが宮(ここ)に居ても良いと思ってもらう必要があった。

……忘れてしまっている求婚のことよりも、忘れてもなお、新菜が居ても良いと思って欲しかった。

初めて、新菜に手を差し伸べてくれた人なのだ。失いたくない、と思ってしまっても仕方がないだろう。

「新菜。食事は口に合わないか」

ミツハと卓を挟んで食事と摂っていると、ミツハにそう聞かれてハッとする。

「あっ……。そんなことありません。……今まで食べたどの食事よりもおいしい、です……」

新菜がこれまで口にして来たものと言えば、野菜の残りかすで作った汁ものや使用人たちの余りの麦などで、今、卓に並んでいる白い米やあたたかい汁、焼いた魚、そして大根の漬物など。眷属なのに魚を扱うのか、と考えていたら、ミツハが、心配するな、と、新菜の疑問を払しょくしてくれた。

「チコたちが食べるものと同じ、神力で作っている。私に仕えてくれているのだからね、そのくらいは当たり前だ」

成程、そうなのか。ではミツハの食事は……。

「私の食事は地の民からの祈りで出来ている」

「では、今でも地の民からの祈りは届いているのですね」

ホッとして新菜が言うと、ミツハは苦笑した。

「最近は採れる量も減って、味も薄くなった。そういう事なのだろうな」

思い出す、苔むした祠。その現実を辛く思って俯くと、気にするな、とミツハは言った。

「君がくれた命があるだけ、以前より良いよ。君のおかげだ、ありがとう」

何をしたか覚えていないことについて謝意を述べられても不安だ。本当に自分はミツハの命を救ったのだろうか。ますます俯きそうになる新菜に、ミツハは食べなさい、と食事を促した。新菜は指摘された食事を食べ終えてから、改めてミツハに申し出た。

「ミツハさま。私にこの宮での役目を与えてください。ミツハさまのお役に立ちたいのです」

新菜の言葉に、ミツハが顔を上げる。

「新菜、君が此処に居るのは私が君に対して罪滅ぼしをする為だ。役目があるとすれば、むしろ私の方ではあるまいか」

ミツハの言葉に新菜は食らいつく。父や義母、義妹に託された使命だって果たせていないのに、自分が役目を負わないわけにはいかない。

「私の命はミツハさまから地の民へ恵みの雨を頂くためにございました。地の民に雨をくださいます為なら、どんなことでも致します。どうかどうか、お役目を与えてくださいませ」

新菜は卓から少し離れて、やはり額を擦りつけて土下座した。ミツハは軽く嘆息した後、ではこういうのはどうだろう? と新菜に言った。