「ミツハさま。雨は……、地の民に、雨はいただけませんか……。私の命を賭して叶えるよう言われた、大事なお役目です……。それが叶わないのでは、私に生きている意味がありません……。どうかどうか、叶えてはいただけませんでしょうか……」

新菜の言葉に、ミツハはやはり難しい顔をする。このまま雨が降らなければ、父は別の贄を探すかもしれない。それはもしかしたら鈴花かもしれない。鈴花まで失ったら、天雨家はどうなってしまうのか。今、かろうじて末の神たちにお願いしている水の供給も、約束されなくなってしまうのではないだろうか。天雨家に生を受けた者として、それだけは避けたい。

「ミツハさま……」

「新菜。私は、自分が君の理を曲げてもいいものかどうか、迷っている。君が失った記憶を私が引きずり出すのは容易い。しかしそうした無理をした場合に、君に何か悪影響があるのではないかと、危惧している。分かるかい?」

ミツハが新菜を気遣ってくれているのは分かる。なので頷くと、だから、とミツハは続けた。

「つまり……、君が自分で失った記憶を見つけないと、このことは解決できない。しまったな。あの時こんなことになると知っていれば、君に無理をさせなかったのだが」

ミツハはそう言うと、ゆうるりと囲うように新菜を抱きしめた。その抱擁に、自分のことでミツハが心を痛めてしまったことを知って、新菜は目の前の神さまを慰めたいと思った。矮小な人間が何を出来るのかとは思うが、それでも自分のことを初めて認めてくれたミツハの心を痛めたままにしておきたくなかった。新菜はミツハの目をしっかりと見て、はっきりと言う。

「ミツハさま、お気に病まれないでください。言霊の力を使ったという事は巫女と認めてもらったという事。その時の私にとっても、光栄なことだったと思います。私はミツハさまの為に働きたい。ミツハさまのご心痛が解放されるように、手を尽くしてみます」

新菜の言葉に、ミツハは少し目を見開いて、それから、いい子だな、と新菜の頭を撫でた。

「君のような良き娘が贄などと、やはり人の考えることは分からんな。私も、君に無理をさせない方法を考えよう。今日はもう休みなさい。明日、また話そうではないか」

ミツハはそう言い、チコに宮を案内させた。新菜を連れてチコが扉を開いた部屋は、大きな窓から綺麗な三日月が見える部屋だった。床は香りのよい畳が敷き詰めてあって、三日月の色に染まっている。

「この部屋はミツハさまが花嫁さまの為にご用意したお部屋です。ミツハさまは水、雨を司る神さまですから、地の民の皆さまにお目にかかるときは日も月も見えません。花嫁さまがそのような不自由がないようにとのお心遣いです!」

チコの言葉に、少し疑問を感じる。

「……ミツハさまは神さまでいらっしゃいます。神さまは神さまとご結婚されるのではないのですか?」

新菜の問いに、チコは胸を張って答えた。

「そうであるときもございますし、人の子をお迎えしたこともございます。創世の時代にはそのようなこともあったと聞いております」

つまりミツハが新菜を神嫁にすることは、決して悪いことではないようだ。新菜はそう理解して頷いた。チコは新菜が頷いたのを見ると、部屋の壁にしつらえてあった箪笥から何枚かの衣を取りだした。