……——事もなく。


「……え?」


無事に通り過ぎて行った電車の後、何事も無かったかのように遮断機が上がる。線路のど真ん中に座り込んだままの私はすっかり置き去りで、自分の身体を確認してみても特に何の変わりもなかった。


「え? なんで?」


なんで何ともないの? なんで何も起きてないの?

そんなはずは無い。だって私は遮断機の内側に居て、電車は間違いなくここを通って、私は今、電車に轢かれて……でも、轢かれていない。私は今、無傷でここに居る。つまり、電車は私を、通り抜けて行った、という事?

なんで? なんで私はまだここに、


「まだ居んの? おまえ」


上がった遮断機の向こう側で、私を突き飛ばした男は呆れたように言った。


「仕事終わんねぇんだけど。おまえ死にたいんじゃ無かったの? 自殺ごっこもこれで終わり。もう満足だろ?」


何を言ってるのか分からない。何が起きてるのか分からない。自殺ごっこ? もう満足? 私は何? この人は何?

分からない、分からない。もう帰りたい、家に、帰りたい。


……帰ろう。


力の入らない身体でなんとか立ち上がると、元来た道に向かって歩きだす。


「どこ行くの?」


男は以前と同じ様に尋ねてきて、ぼうっとした頭で、「帰ります」と答える。


「どこへ?」

「……家に」

「帰れんの?」

「?」


帰れる? 帰れるに決まってる。だっていつも帰っていたのだから。今日も駄目だったって家に帰って、またいつもの毎日がやって来て、学校には喧嘩したまま口を聞いて貰えない友達が居て、お母さんは仕事で忙しいから全然話せなくて、それで……

……あれ? 最後にお母さんに会ったの、いつだっけ? 学校に行ったのは? 今日は何をしたんだっけ? 昨日もここに来て、今日もここに来て、で、それ以外は?

私……私は、


「おまえさ、自分が今どうなってるか分かってないの?」


人間では無い彼は言う。私の自殺を手伝う彼は言う。きっと彼は、全てを知っている。


「……はい。あの、えっと、私はもしかして……」


“死んでますか?”

その一言がこの後に及んで怖くて聞けない。